第19話 宝石の街ビジュール
新たな街、宝石の街ビジュールへ。
華やかな街に到着した総一たちですが、さっそく総一らしい出会いもあるようです。
そして、その出会いから思わぬ情報が……。
馬車が緩やかな坂を越えたところで、前方の景色が大きく開けた。
「見えてきました。あれがビジュールです」
シンの声に、総一は荷台から身を乗り出した。
街を囲む城壁はライラックよりも低い。防衛のための無骨な壁というより、白い石を綺麗に積み上げた外観は、それ自体が街の玄関として造られているように見えた。
その向こうには赤や青の屋根が並び、中央にはひときわ高い時計塔が見える。
街道を走る馬車も増えていた。
ただ、その馬車がどれも妙に立派だった。
艶のある車体に細かな装飾が施され、御者の服まで総一たちとは違う。窓から見える乗客も、明らかに身なりがいい。
「なんか急に金持ちが増えたな」
「王都の貴族もよく訪れる街ですから」
「俺たちの馬車、浮いてないか?」
総一が自分たちの馬車を見る。
旅用としては十分だが、隣を走っていった馬車には金色の装飾までついていた。
御者台のナバルが振り返る。
「気にするな。馬は負けてない」
「そこ張り合うところか?」
門を抜けると、総一はさらに目を奪われた。
広い大通りの両側に、整然と店が並んでいる。
宝石店。
装飾品店。
高級そうな衣服を扱う店。
ガラス張りの窓の向こうでは、赤や青、緑といった色とりどりの宝石が陽光を受けて輝いていた。
露店ですら、ライラックとは雰囲気が違う。
「すごいですねぇ」
サリーが楽しそうに窓の外を眺める。
「見てください、シン。あの首飾り、綺麗ですよ」
「見るだけにしてくださいね」
「買いませんよぉ」
そんな会話を聞きながら、総一も通りを眺めていた。
確かに華やかな街だ。
着飾った女性が歩き、その後ろを荷物持ちらしい男がついていく。護衛を二人も連れた老人が宝石店へ入っていく姿も見えた。
「同じ国でも随分違うもんだな」
「ビジュールは宝石の取引で発展した街です。各地から商人も集まりますから」
「金が金を呼んでるわけか」
総一が何気なく道端の屋台を見る。
焼いた肉を薄いパンに挟んだ料理が並んでいた。
「うまそうだな」
値札を見る。
総一の目が止まった。
「……シン」
「どうしました?」
「これ、一個の値段だよな?」
「そうですね」
「ライラックなら二個食えるぞ」
「言ったじゃないですか。物価が高いって」
総一は無言で屋台から離れた。
「宝石の街、恐ろしいな」
「そこですか?」
◇
馬車が止まったのは、大通りから少し離れた静かな一角だった。
総一は建物を見上げた。
「……ここ?」
「はい」
「宿だよな?」
「王家の宿泊施設です」
目の前にあるのは、どう見ても屋敷だった。
鉄柵の向こうには手入れされた庭が広がり、中央には白い石造りの三階建ての建物がある。入口には王国の紋章まで掲げられていた。
門番はシンを見ると姿勢を正し、すぐに門を開けた。
「勇者様、お待ちしておりました」
総一がシンを見る。
「勇者ってすごいな」
「だから何度も言いますけど、便利だから勇者をしているわけではありません」
「俺もその台詞、聞き慣れてきた」
ナバルが笑いながら馬車を中へ進める。
用意された部屋も広かった。
大きなベッドに机、長椅子まで置かれている。
窓からは庭が見渡せた。
総一は部屋を一周すると、ベッドへ腰を下ろす。
「金、取られないよな?」
「取りませんよ」
「本当に?」
「王家の施設です」
「あとから請求されたら俺、逃げるぞ」
「魔王軍からは逃げないのに宿代からは逃げるんですね」
シンの返しに、総一は笑った。
◇
荷物を置いて一息つくと、さすがに腹が減った。
本格的な調査は明日からにして、今日は食事を取ることになった。
四人が向かったのは、大通りから一本入った場所にある料理店だった。
店内には落ち着いた音楽が流れ、テーブルには白い布まで敷かれている。
総一は入口に置かれた料理の値段を見た。
「……もっと普通の店にしない?」
「せっかくビジュールまで来たんですから」
サリーは楽しそうだ。
「宿代がかからないんだ。飯くらいいいだろ」
ナバルまで乗り気だった。
「お前ら、人の財布だと思って」
「自分の分は自分で払いますよ」
「だったらいい」
四人が席へ案内される。
料理を注文し、総一が水を飲んでいると、店の入口が開いた。
何気なくそちらへ目を向ける。
そして、そのまま止まった。
一人の女性が入ってきた。
年齢は三十歳前後だろうか。
背が高い。
艶のある髪を肩の後ろへ流し、すらりと伸びた脚で店内を歩いてくる。
身体の線が綺麗に出る服を着ているが、下品な派手さはない。
むしろ落ち着いている。
それなのに、妙に目を引いた。
細い腰と、その上下に描かれた女性らしい曲線。
何より、ふとした仕草に大人の色気があった。
総一の視線が完全に固定された。
「……すげえ」
「何がです?」
シンが振り返る。
すぐに察したらしい。
「ああ……」
「何だ、その納得した顔」
「いえ。総一さんだなと思って」
女性は店員と言葉を交わすと、総一たちから少し離れた席へ案内された。
サリーが総一の顔を覗き込む。
「総一さん」
「ん?」
「さっきまでビジュールは恐ろしい街だって言ってましたよね?」
「評価を改めた」
「早いですねぇ」
「街ってのは歩いてみないと分からないからな」
ナバルが酒を一口飲む。
「お前、分かりやすいな」
「うるさい」
やがて料理が運ばれてきた。
肉料理は柔らかく、香草の利いたソースも悪くない。
値段を除けば満足だった。
それでも総一の視線は、ときどき隣の女性へ向かう。
「話しかけないんですか?」
サリーが小声で聞いた。
「俺を何だと思ってる」
「話しかける人だと思ってます」
「正解」
総一が立ち上がろうとした、その時だった。
「モネさん」
店員が女性へ声をかけた。
「今日もお仕事ですか?」
「ええ。昼まで西側の商会を回ってたの」
「相変わらずお忙しいですね」
「稼げるうちに稼いでおかないとね」
モネと呼ばれた女性は、軽く笑った。
総一は再び座る。
「モネか」
「名前まで覚えましたね」
「探偵だからな」
「絶対関係ないですよねぇ」
サリーの声はやけに優しかった。
しばらくして、モネの席へ一人の男がやってきた。
商人らしい身なりをしている。
「例の石なんですが」
男が声を潜めた。
「やっぱり駄目。今日は一つも仕入れられなかったわ」
「またですか?」
「最近おかしいのよ。特に透明度の高いものが全然出てこない」
総一の手が止まった。
シンも聞こえたらしい。
二人の視線が合う。
モネは気にした様子もなく話を続けていた。
「少し前まで、こんなことなかったんだけどね。急に欲しがる人が増えて」
「値段もまた上がりそうですか?」
「たぶんね」
総一の顔から、さっきまでの緩んだ表情が消えた。
透明度の高い石。
欲しがる人間が急に増えた。
偶然かもしれない。
だが、懐にはダイアから渡された透明なレベルストーンがある。
総一は椅子から立ち上がった。
「総一さん?」
シンが見上げる。
「ちょっと行ってくる」
「透明な石の話を聞きに行くんですよね?」
「もちろん」
総一は答えながら服の襟を整えた。
サリーがその仕草を見て、にこりと笑う。
「お話を聞くだけなのに、身だしなみを整えるんですねぇ」
「第一印象は大事だろ」
「やっぱり別の目的もありますよね?」
「細かいこと気にすると疲れるぞ」
総一は三人を残し、モネの席へ向かった。
近づくにつれて、改めて目を引く女性だと思う。
長い脚を組み、グラスを傾ける何気ない仕草まで妙に絵になる。
総一は彼女の前で足を止めた。
「隣、いい?」
モネが顔を上げる。
すぐに総一の後ろへ視線を向けた。
「お連れの方がいるんじゃない?」
「いるけど、こんな綺麗な人を見つけたら挨拶くらいしないとな」
「あら」
モネの唇に薄い笑みが浮かぶ。
「そういう挨拶、いつもしてるの?」
「今日は初めて」
「今日は、ね」
「細かいところ拾うなあ」
「仕事柄、人の言葉はよく聞くようにしてるの」
「そりゃ気が合いそうだ」
「どうして?」
「俺も似たようなもんだから」
総一は向かいの椅子を指差した。
「座っても?」
「もう座る気でしょう?」
「話が早くて助かる」
モネが止めなかったので、総一は椅子を引いた。
「田端総一」
「聞いてないけど」
「これから聞こうとしてただろ?」
「ずいぶん都合のいい解釈をするのね」
モネは呆れたように笑った。
「モネよ」
「モネか。いい名前だ」
「ありがとう。名前を褒められたのは今日二人目」
「先客いたのかよ」
「残念だったわね」
少し離れた席からサリーの笑い声が聞こえた気がした。
総一はそちらを見ないことにした。
「それで?」
モネがグラスをテーブルへ置く。
「本当に挨拶だけ?」
「できればこのあと二人で飲みに」
「帰っていい?」
「冗談だよ」
「半分くらい本気だったでしょう?」
「三割」
「減らせばいいってものじゃないわよ」
軽くあしらわれながらも、総一は楽しそうに笑った。
こういう女性は嫌いじゃない。
むしろ、かなり好きだった。
だが、さっき聞こえてきた会話を忘れたわけではない。
「ところで、さっきの話なんだけど」
モネの眉がわずかに上がる。
「盗み聞き?」
「聞こえたんだよ。透明な石がどうとか」
「それが?」
「俺もちょうど、そういう石を探してる」
モネの目が総一を見つめた。
さっきまでの軽いやり取りとは違う。
「あなたが?」
「意外?」
「そうね。宝石より女性を探してそうだから」
「よく分かったな」
「分かりやすいもの」
即答だった。
「でも、今回は本当に石を探してる」
「どんな石?」
「透明度がかなり高い。見た目だけなら、ほとんど無色だ」
総一はまだレベルストーンを取り出さなかった。
相手が何者なのかも分からないうちから、ダイアから手に入れた貴重な石を見せる必要はない。
モネは少し考えるように指先をグラスへ添えた。
「それなら、私に声をかけたのは正解だったかもしれないわね」
「やっぱり運命か」
「そっちじゃない」
ぴしゃりと切られた。
「私は宝石の鑑定と買い付けをしてるの。仕入れた石を、この街の店に卸してる」
「バイヤーってやつか」
「そんなところね」
総一の目が少し変わった。
偶然声をかけた美女が、宝石の専門家。
しかも仕入れを仕事にしているなら、市場に出回る石にも詳しいはずだ。
「じゃあ透明な石についても詳しい?」
「それなりには」
そこでモネの表情が少し曇った。
「ただ、あなたが透明な石を探してるなら、今は少し面倒かもしれないわね」
「面倒?」
モネはグラスを傾け、一口だけ飲んだ。
「最近、妙なのよ」
総一は黙って続きを待った。
「透明度の高い宝石を欲しがる人が、急に増えたの」
総一の顔から、先ほどまでの緩んだ笑みが消えた。
「急に?」
「ええ。少し前までは普通に仕入れられたのに、最近はなかなか手に入らない。値段も少しずつ上がってる」
透明な石。
それを求める人間が増えている。
総一の頭に、ダイアから渡されたレベルストーンが浮かぶ。
ただの偶然かもしれない。
だが、偶然だと片づけるには出来すぎていた。
モネが総一の顔を覗き込む。
「急に真面目な顔になったわね」
「惚れた?」
「どうしてそうなるの?」
「可能性は捨てない主義なんだ」
モネが呆れたように笑う。
総一も笑った。
だが、その目はもう笑っていなかった。
宝石の街ビジュール。
どうやら到着早々、探していたものにつながる糸を見つけたらしい。
最後までお読みいただきありがとうございます!
宝石の街ビジュールで出会った、宝石の鑑定と買い付けをしているモネ。
いつも通り美女に目を奪われた総一でしたが、どうやら今回はそれだけでは終わらないようです。
急に集められ始めた「透明度の高い石」。
それは総一が探しているレベルストーンと関係があるのか。
次回、ビジュールでの調査が本格的に始まります。




