第12話 脱出
第12話です。
魔王軍の拠点へ潜入した総一。
敵に囲まれた状況で、さらに情報を探っていきます。
果たして無事に脱出できるのか。
それでは、お楽しみください。
複数の足音が通路へ近づいてくる。
総一は木箱の陰に身を寄せたまま、気配遮断を意識した。
姿が消えるわけではない。
音も匂いも残る。
それでも、自分という存在だけが周囲から薄れていく。
巡回中らしい魔族たちが、すぐ目の前を通り過ぎた。
「異常はないか」
「ありません」
「大幹部様からの命令だ。あの男について情報が入るまで、警戒を緩めるな」
「分かっています」
足音が遠ざかる。
総一はすぐには動かなかった。
完全に聞こえなくなるまで待ち、ゆっくりと息を吐く。
「俺を探しながら、目の前を通り過ぎるとはな」
便利なスキルだった。
だが、過信はできない。
ここには数百体の魔族がいる。
一度騒ぎになれば、気配を消したところで身動きが取れなくなる可能性が高い。
総一は木箱の陰から出ると、足音を殺して通路の奥へ向かった。
潜入した目的は、ここが何なのかを突き止めることだった。
その目的はすでに果たしている。
ここは魔王軍ライラック支部。
薫は生きている。
さらに敵は、自分を探している。
十分な収穫だ。
だが、もう少しだけ知っておきたいことがあった。
この支部が何のために存在しているのか。
そして、魔王へどう繋がっているのか。
通路の先には、いくつもの部屋が並んでいた。
総一は扉の隙間や、開いたままになっている入口から中を確認していく。
食料庫。
積み上げられた樽や麻袋は、数百体が長期間暮らせる量だった。
隣には魔石を保管する部屋。
小さな魔石から、人の頭ほどもある大きなものまで、種類ごとに分けられている。
さらに奥には、ライラックとその周辺を描いた地図が壁へ広げられていた。
街の門。
商店街。
冒険者ギルド。
王都へ続く街道。
いくつもの場所に印が付けられている。
「街を攻めるための地図……ではなさそうだな」
印の多くは、商店や人の集まる場所だった。
武器庫や城壁を狙っているようには見えない。
人の動きを調べるための印。
総一にはそう見えた。
その時、部屋の外から声が聞こえてきた。
「次の潜入役は決まったか?」
「まだだ。バリオス様の魔法を受けられる者を選んでいる」
「勇者がいなくなったとはいえ、油断はできんぞ」
二人の魔族が話しながら近づいてくる。
総一は素早く棚の裏へ回った。
「街では何を調べる?」
「冒険者の動き。王都から来る使者。それと、例の男だ」
「物資の調達は?」
「今まで通りだ。人間の姿なら怪しまれずに済む」
二人は部屋へ入り、壁の地図を確認し始めた。
「東の支部から連絡は?」
「ない。あちらも人間の軍を探っている最中だ」
「北にも支部があると聞いたが」
「俺たちが知る必要はない。余計なことを詮索するな」
総一は棚の裏で目を細めた。
(ここだけじゃないのか)
魔王軍の支部は、ライラック以外にも存在する。
それぞれが街や軍の動きを探りながら、物資を集めているらしい。
魔族たちが部屋を出るのを待ち、総一は再び移動を始めた。
しばらく進むと、小さな会議室から低い声が聞こえてきた。
「魔王様へ直接報告するべきでは?」
「馬鹿を言うな」
バリオスの声だった。
総一は壁際へ寄り、聞き耳を立てる。
「我らが魔王様の居場所を知ることは許されていない」
「大幹部であるバリオス様でも、ですか?」
「もちろんだ」
部下の驚いた声に、バリオスは淡々と答えた。
「魔王様の居場所を知る者は限られている。我らは命令が届くのを待てばよい」
「では、例の男についての報告は……」
「上から連絡が来た時に伝える。それまでは我々で探す」
「承知しました」
総一は静かにその場を離れた。
魔王の居場所は、大幹部であるバリオスですら知らない。
つまり、バリオスを捕まえて聞き出せばすぐ薫へ辿り着ける、という話ではなかった。
「そう簡単にはいかないか」
焦りがないわけではない。
今すぐにでも魔王のもとへ向かいたい。
だが、道が見えない以上、無闇に走るだけでは薫から遠ざかる。
探偵として何度も経験してきた。
事件を早く解決したい時ほど、見落としが増える。
総一は一度目を閉じ、頭の中で情報を整理した。
ライラック支部は、街を直接攻めるための拠点ではない。
人間社会への潜入。
情報収集。
物資の調達。
勇者の監視。
そして、同じような支部が他の地域にも存在する。
「面倒な組織だな」
一つ潰して終わる相手ではない。
それでも、この支部を放置するわけにはいかなかった。
総一を探すため、すでに魔族が街へ入り込んでいる。
このままではラウベルや受付嬢、街の住人まで巻き込まれるかもしれない。
「まずは、ここを片付ける必要があるか」
問題は、その前に外へ出ることだった。
総一は荷馬車で入ってきた通路まで戻った。
結界の入口があった場所には、灰色の壁があるだけだ。
触れても何も起きない。
殴れば壊せる可能性はある。
だが、結界ごと施設を崩壊させる危険もあった。
中にいる数百体が一斉に襲いかかってくれば、調査どころではなくなる。
「誰かが出るのを待つしかないな」
総一は通路脇の資材置き場へ身を隠した。
時間だけが過ぎていく。
一時間。
二時間。
腹が減ってきた。
買っておいた干し肉を取り出しかけ、総一は手を止める。
「さすがに匂いでバレるか」
惜しそうに懐へ戻した。
さらにしばらく待った頃、奥から荷車の音が聞こえてきた。
魔族三人が、小さな荷車を押している。
「街へ持っていく物はこれだけか?」
「そうだ。人間の金に換えるらしい」
「ダイア様は?」
「先に準備している」
総一はゆっくり立ち上がった。
「ようやくか」
荷車が壁の前で止まる。
やがてダイアが現れた。
今度は魔族の姿のままだった。
片手を壁へ向け、短い言葉を唱える。
灰色の壁が水面のように揺れ、森へ続く道が開いた。
総一は気配遮断を強く意識する。
荷車が動き出す。
魔族たちのすぐ後ろへ回り込み、足音を合わせて結界へ近づいた。
冷たい膜が身体を包む。
次の瞬間、青白い灯りが消えた。
目の前には夕暮れの森が広がっている。
総一は荷車から距離を取り、木々の間へ身を滑り込ませた。
背後で結界が閉じる。
森に静けさが戻った。
「出られたな」
総一は大きく息を吐いた。
気配遮断を解く。
肩から力が抜け、急に疲れが押し寄せてきた。
だが、休んでいる時間はない。
懐からテレマを取り出す。
シンの名前を選び、通信を繋いだ。
少し待つと、聞き慣れた声が返ってくる。
『総一さん?』
「王都には着いたか?」
『先ほど到着しました。何かあったんですか?』
「ちょっとな」
総一は結界のあった場所を振り返った。
「悪いが、ライラックへ戻ってきてくれないか」
『ライラックへ?』
「森の中に、魔王軍の支部を見つけた」
通信の向こうで、シンが息をのむ。
『支部……本当にですか?』
「中まで見てきた。数百体はいる」
『一人で入ったんですか!?』
「その話は戻ってからだ」
『だから一人で入らないでくださいと言ったのに……』
「無事だったからいいだろ」
『よくありません!』
総一は少しだけ笑った。
「説教も戻ってから聞く」
声の調子を変える。
「ライラックを放っておけば、街の人間が危ない」
しばらく沈黙した後、シンが力強く答えた。
『分かりました。すぐに戻ります』
「とりあえず街で待ってる」
通信を切る。
総一はテレマをしまい、何もない森の奥を見据えた。
次にここへ来る時は、調査のためではない。
「今度は全部終わらせる」
静かな森の向こうで、魔王軍ライラック支部はまだ何も知らずに息を潜めていた。
第12話を読んでいただき、ありがとうございました!
魔王軍への潜入調査、無事に完了です。
かなり重要な情報を手に入れた総一ですが、最後はシンにしっかり怒られてしまいました(笑)
そして次の目的は、魔王軍ライラック支部。
調査はここまで。
次はいよいよ総一たちが動きます!
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次回もよろしくお願いします!




