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偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜  作者: 夏野みず


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8/12

娘の未来か、男の命脈か

 ユリエからの手紙と電話を受けた後私は彼女の貯金に対する差し押さえ手続きを強行した。私の目的はユースケの慰謝料を回収することだけではない。ユリエがシングルマザーとして必死に築いた「娘の未来」という希望を彼女自身の手で破壊させることだ。


 弁護士からの報告は私の予測通りだった。ユリエ名義の地方銀行口座には娘の高校・大学進学のためのまとまった教育資金が貯蓄されていた。


 差し押さえ通知がユリエの実家そして彼女の勤務先にまで届くとユリエは完全にパニックに陥った。彼女は自分の娘の未来と彼女自身の社会的な地位が私によって完全に危機に晒されていることを理解したのだ。


 私への電話は着信履歴だけで数十件に達していた。私は三日無視した後静かに通話ボタンを押した。


「何の御用でしょうかユリエ様」


 私の冷たい声にユリエは堰を切ったように泣き叫んだ。


「なぜ……なぜ私の貯金まで!!あれは……あの子の……娘の学費なのよ!!高校大学へ行かせるために私が昼も夜も働いて貯めてきたお金なの!!」


 私は優雅に椅子にもたれかかった。


「それがどうかなさいましたか。あなたは不貞行為の共犯者です。ユースケが払えないならあなたが連帯して責任を取る義務がある。娘さんの学費よりも私が失った尊厳と時間のほうがずっと価値があるわ」


「待って!私はもうユースケくんとは連絡を取っていません!!私の母ももう二度と会わせないと言っています!!私はもう過ちを犯しません!!だから娘の貯金だけは……!!」


「ふふ……」私は乾いた笑いを発した。「娘さんの将来を守りたいのね。簡単よユリエ様。あなたには二つの選択肢がある」


 私は声を低くした。


「一つ。あなたが差し押さえを拒否し裁判で争うこと。そうすればあなたの不貞行為は公になり娘さんの親権にも影響が出るでしょう。もちろんユースケへの差し押さえは続行される」


「もう一つ。あなたがユースケの慰謝料の全額を肩代わりし彼と永久に絶縁するという契約書にサインすること。そうすればあなたの貯金は失われるけれど娘さんの親権もあなたの社会的地位も守られる。そして……ユースケは私への借金地獄から解放される」


 ユリエは電話の向こうで息を呑んだ。


「な、なぜ……私が彼の借金まで……」


「これがあなたが私を裏切った代償よ。そしてあなた自身が選んだ道。娘の未来と不倫相手の命脈どちらを取るか選びなさい」


 私にはわかっていた。シングルマザーにとって娘の未来はどんな男の存在よりも重い。彼女はユースケを愛していただろうが娘の学費を犠牲にしてまで彼を助けるほどの狂愛は持ち合わせていなかった。


 電話は沈黙した……数分後ユリエの口からか細くしかし決意のこもった声が漏れた。


「わかりました……私が私が全額払います。その代わり私の貯金以外のユースケくんへの差し押さえは全て中止してください。そして私への法的追及も二度としないで」


「承知しました。賢明な判断ね。ただし約束の証として三者面談を設けるわ。あなたが彼のために全額を支払ったことそしてあなた自身が彼に絶縁を言い渡す現場に私と弁護士が立ち会う」


 ユリエの嗚咽が聞こえた。彼女はユースケを助けるために金を出すのではない。自分の保身のためにユースケを切り捨てるのだ。


 数日後都内の法律事務所の応接室。空気は鉛のように重かった。


 ユースケは憔悴しきりスーツではない汚れた私服で座っていた。ユリエは私の前に座り顔を伏せていた。私は弁護士の隣に女王のように静かに座っていた。


 弁護士がユリエ名義の銀行の送金明細とユースケの慰謝料債務の完済証明書を提示した。


「ユースケさんこれによりアイナさんへの慰謝料債務はすべて完了となります。あなたへの動産差し押さえはすべて中止されます」


 ユースケの顔に一瞬安堵の表情が浮かんだ。彼はまだ事態の全容を理解していないようだった。


「ユリエ……お前が……どうやって⁉」


 ユリエは顔を上げず震える声で言った。


「私の……娘の学費よ。高校と大学の……全部」


 ユースケの顔から血の気が引いた。彼は自分がどれほどの犠牲の上に立っているのかようやく理解したのだ。


「そんな……ユリエ嘘だろ……」


 私はここで口を開いた。


「ユースケ。ユリエ様はあなたのために娘さんの将来をすべて犠牲にしました。彼女の愛は私の想像以上だったようね」


 ユースケはユリエに手を伸ばそうとした。しかしユリエはサッと身を引いた。


 ユリエは深く息を吸い込み私の用意した誓約書を手に取った。それは今後一切ユースケと私的な接触を持たないことを約束する書類だ。


「ユースケくん……ごめんなさい」


 彼女は涙を流しながらユースケの目をまっすぐに見つめた。その目には愛ではなく未来を奪われた者としての冷たい怒りが宿っていた。


「私は……娘のために生きていく。あなたとの関係はここで終わりにする。私の貯金はあなたを助けた代償なんかじゃない。あなたという重荷を私の人生から完全に切り離すための代償よ」


「もう私に連絡しないで。私を頼らないで。あなたはもう私と娘の未来には一切関係のない人なの」


 ユリエはそう言い放つと迷うことなく誓約書にサインした。その名前の下にユースケは絶望に打ちのめされたままペンを握らされた。


「サインしてくださいユースケさん。これがあなたが手に入れた自由の対価です」


 ユースケは自分の名前を書き込んだ。それは彼がユリエによって完全に裏切られ見捨てられたことを示す最後の証だった。


 彼は金銭的な借金からは解放されたが愛するユリエに「重荷」として切り捨てられ彼女が娘の未来のために自分を犠牲にした事実を突きつけられた。その精神的な苦痛は動産の差し押さえよりも遥かに重い。


 私は立ち上がりユリエの肩にそっと触れた。


「ユリエ様賢明な選択でした。これからは娘さんのためだけに生きてください」


 私はそう言って応接室を出た。


 ユースケとユリエ。彼らはもはや裏切りの鎖でさえ繋がれていない。ユリエは娘を選びユースケはただ一人空っぽの人生に残された。


 復讐は成功した。ユースケは愛するユリエに「不要な存在」として断罪されたのだ。

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