最初の滞納
離婚から三ヶ月が経過した。
季節は変わり寒さが身に染みるようになった。私の生活は安定しパートの給料と僅かな貯金で慎ましく暮らしている。孤独ではあるが自由があった。
しかし私の憎しみが消えることはない。彼ら二人が今もどこかで息をしている限り私の復讐は終わらないのだ。
そして予想通り最初の綻びが訪れた。
弁護士から連絡が入った。
「アイナさん。ユースケさんからの今月の慰謝料の振り込みがありません」
「やはり」
私は静かに言った。あの人は職を失い再就職もままならない。貯金も底を尽きたのだろう。
「すぐに督促状を送付しますがどうされますか。法的措置に進むことも可能です」
「いいえまだ待ってください」
私はここで彼を法的に追い詰めるつもりはない。それでは面白くない。私が望むのは彼の精神的な崩壊だ。
「弁護士の方から彼に連絡してください。慰謝料が払えない場合動産、つまり部屋にある家具や家財道具など私物を差し押さえの対象とすると交渉してください」
あのボロアパートは賃貸だが、ユースケにとって高校を出てからずっと住んでいた唯一の「居場所」だ。その部屋にある彼の思い出の品、彼の生活そのものを奪うという脅しは、彼に精神的な痛手を与えるには十分だ。
「彼の私物ですね。その方が手続きも早く進められる可能性を示唆できます」
「その通り。彼の生活の全てを破壊する準備があると伝えてください」
弁護士は私の冷酷な提案に一瞬ためらったようだが承知した。
数日後ユースケから私のスマホに連絡があった。着信拒否していたが何度もかけてくるので仕方なく解除した。
「アイナ……頼む聞いてくれ」
彼の声は憔悴しきっていた。
「何を」
「慰謝料のことだ。今月は本当にきつい。もう少し待ってくれないか」
「待てないわ」
私は冷たい声で突き放した。
「弁護士から聞いたでしょう。あなたの私物家具や電化製品が差し押さえられ競売にかけられる前にどうにかするしかないわ」
「そんな……それだけはやめてくれ!それを取られたら、俺はもうここで生活できない!!」
彼の悲鳴のような叫びが聞こえた。私は心の中で勝利を確信した。
「そう。あなたが私を裏切ったように、あなたはあなたの大切な私物を失うのよ。それはあなたが選んだ道でしょう」
「待ってくれ!アイナ……」
彼の言葉を最後まで聞かず私は通話を切った。彼の絶望が私を満たした。
その夜私はいつものようにパートから帰宅した。アパートの郵便受けに見慣れない手紙が入っていた。差出人の名前を見て私の背筋が凍った。
ユリエからだ。
私は部屋に戻り手紙を破り開けた。ユリエからの便箋は薄くインクの滲んだ文字で埋まっていた。
『アイナ……どうか私に会ってください。全ては私のせいでした。ユースケくんは関係ありません』
『私は今故郷でも居場所を失い娘にも顔向けできません。私はあなたに謝罪したい……そしてユースケくんを助けてあげてほしいのです』
ユリエは私に謝罪ではなくユースケを助けてほしいと懇願してきた。彼女はまだユースケに情を持っているのか⁉
「ふざけないで」
私は手紙を握りしめ床に叩きつけた。彼女は自分の犯した罪を理解していない。私を裏切った二人が今も互いを思いやっている。それが私には耐えられなかった。
私はすぐに弁護士に連絡した。
「ユリエからの連絡は無視してください。ただしユースケの慰謝料については一切容赦しないと伝えてください」
そしてユリエの便箋を改めて見た。彼女の謝罪ではなくユースケへの未練。それが私の怒りを再び燃え上がらせた。
私はユリエにもう一度絶望を与える必要がある。彼女がユースケを思えば思うほど私は彼を追い詰めなければならない。
私はスマホを手に取り彼女の実家の住所を調べ始めた。慰謝料を支払わせるために彼女の貯金を奪う必要がある。
ユリエ。あなたはまだ何も失っていないと思っているようね。




