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家に着いてすぐ、私は母に言って浴衣を出してもらった。
一年ぶりに目にする浴衣は何だか古くさく、薄汚れて見えた。
「他にはないの」
母はやけにファンデーションを塗りたくった顔を、私に向けた。
「これだけよ」
「藤の柄の浴衣があったはずだわ」
「あれは姉さんのよ」
私は律ちゃんから貸してもらった簪を懐から取り出して、浴衣に並べた。京都で買ったという品のいい簪は、濃い赤の布地に朝顔を散りばめた浴衣にひどく浮いていた。
「姉さんの浴衣を一回見たいわ」
「いいけど、見るだけよ。あれはまだ姉さんのものなんだから」
私は苛々して言った。
「姉さん、まだ病気で寝ているじゃない。行けないわよ」
「行くつもりよ、お祭り」
母の声ではなかった。振り返った私は、廊下に立ち尽くす一人の女を見た。
微かな月光に照らされた肌は、そのまま透き通って消えてしまいそうなほど白かった。骨の上にそのまま皮が貼りついているように見えるほど、がりがりに痩せていた。足首や手首など、掴んだらぽきりと折れてしまいそうなほどだ。縺れた前髪の間から、大きな瞳が覗いていた。その瞳は、何かしら異様な光を湛えて輝いていた。
知らない女だった。私の記憶の中の姉は、こんなに美しい女ではなかった。
病弱で、気が弱くて、世間知らずというのが私の知っている姉だった。今回のように、体調を崩して数か月もの間病床に伏せるなど珍しいことではなかった。
それでも、私はこんな姉の姿は見たことがなかったのだ。
「あら、帰ってきたのね」
母が弾んだ声で言った。それは姉に向けられた言葉ではなかった。姉の数歩後ろに向かって投げかけられたものだった。
私は身を乗り出した。
台所と母の部屋を繋ぐ廊下のちょうど真ん中あたりに、お前さんがいた。
日がすっかり沈んでもなお父と共に植物の採集に熱中していることは今までもよくあって、その証拠にお前さんの手や顔は土で汚れていた。
「お風呂を沸かしているから、入るといいわ。あちこちに土や葉っぱをつけて、綺麗な顔が台無しじゃない」
母の言葉がお前さんの耳を素通りするのを、私は見た。お前さんの眼は、初めて見る女に捕らわれていた。お前さんの熱い視線を受け止めた姉は、微かに顔を上げて笑った。
嫌な予感がした。




