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日が傾き始めると、あっという間に村は闇に包まれる。
大小様々な蛙の声が響き渡る畦道を、私は帰っていた。ぼんやりとした三日月の光だけでは心許なく、懐中電灯で足元を照らしていた。
一歩進むごとに額に汗が滲んだ。
幼馴染の律ちゃんの家に遊びに行った帰りだった。元々は一緒に宿題をする予定だったのだが、茹だるような暑さでは勉強に身が入らず、早々に勉強会は女子会へと姿を変えた。
話題になったのは、村の外れにある神社で行われる夏祭りだ。
年に一回開催されるそれは、五穀豊穣を願って云々と小難しい説明がされているが、私たち学生にとっては夏休み最大のイベントだ。八月中旬の三日間に渡って開催され、村中の学生が羽目を外す。
幼い頃は親や友人と行っていたが、中学に進学してからは、この夏祭りに恋人と訪れることが一種のステータスとなっていた。恋人と共に羨望の眼差しを浴びることは、年頃の女の子なら誰もが持つ密やかな願いだ。
律ちゃんは箪笥から浴衣を取り出し、その浴衣を見せる相手が誰もいないことを嘆いた。
「私がいるじゃない」
「馬鹿ね。異性の相手よ」
紺の布地に蝶の柄の浴衣を体に当てながら、律ちゃんは言った。眉の上で切り揃えた前髪を揺らす彼女は、実年齢より幼く見える。
「だからって、今から相手を見つけるの? 祭りが始まるのは明後日よ」
「私が嘆いているのは、そこよ。ああ、今日か明日にでもいい人が見つからないかしら」
いい人。脳裏に浮かんだのはお前さんだった。夏祭りがあると誘えば、来てくれるだろうか。
幾つもの提灯で照らされた石畳の道を、私はゆっくり歩いていく。私の手は、お前さんの甚平の裾を握っている。私たちを追い抜いた数人の女の子が、ちらちらと振り返りながら小声で話す。
ねえ、あの二人付き合っているのかしら。あの男の人、人形のようだわ。
羨ましいわ、あんな年上の素敵な男性と付き合えるなんて。
緩やかな幻想は、律ちゃんの声によって打ち消された。
「そうだわ、浴衣に合う飾りも決めないと」
彼女は本棚の奥にあった箱を、床に座り込む私の前に置いた。菓子箱を利用しているらしいそれを開けると、色鮮やかな髪飾りが溢れんばかりに詰められていた。
「この浴衣に合うのは、この簪かしら。こっちの桜をかたどったのも素敵ね」
いくつもの髪飾りを取り出して鏡を覗き込む律ちゃんを眺めていると、「貴方にはこれを貸してあげる」と一本の簪を渡された。
「貴方が着る浴衣が去年と同じものだったら、きっとその簪が似合うわ。それで髪を結ってごらんなさいよ」
それは玉簪だった。
魚の骨のように華奢な銀の櫛に、透明な玉飾りがついている。光の当て方によって色が変わる玉飾りは、青の絵の具で繊細な縁取りがされていた。
「綺麗」
溜息をつく私に、律ちゃんは口角をきゅっと上げた。
「いいでしょう、それ。去年の夏、京都に遊びに行ったときに買ってもらったの。もし貴方も一緒に行く相手がいなかったら、その簪をつけて神社の前で待っていてちょうだい。一緒に回りましょ」
数週間前から私の家に滞在しているお前さんのことを、律ちゃんに話してはいなかった。
言うつもりもなかった。




