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悪役令嬢がいじめてこないのでストーリーが進まない! 〜もしかして私は、悪役令嬢がヒロインの物語で断罪される元ヒロインですか!?〜  作者: うみの もずく
1年1学期

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16話:ヴォルク・シルベール

 ヴォルク・シルベール。

 彼は、乙女ゲーム『救済の聖女』にも、悪役令嬢リリアージュが主役の物語にも登場しない。どちらの正史においても、ストーリーが動き出すより前に、彼はこの世を去っているからだ。

 

  公爵家嫡男として生まれた彼は、幼い時からその才を発揮し、次期当主としての期待を一身に背負っていた。

 12歳にして父と共に戦場に立ち、類稀なる魔法と剣技で武勲を立てる。だが、そのあまりに眩い才能が誰かのどす黒い嫉妬を買ったのか――15歳の時、彼は死の呪いをかけられた。

 月の如く輝いていた銀髪は不吉な黒に染まり、澄んだ碧眼は呪いの証である赤へと変色した。

 それは、聖女リリアージュですら解くことのできない強力な呪詛。余命は、持って3年と言われた。


 呪いは貴族にとって生理的な嫌悪感をもたらす。「不吉」「感染る(うつる)」という謂れのない誹謗中傷が、彼を社交界から追いやった。

 

(……ここに、俺の居場所はない)

 

 公爵家に泥を塗るわけにはいかない。どうせ死ぬなら、せめて一人の兵として死のう。そう判断したヴォルクは、家を出た。

 各地を転々とする傭兵時代、赤い目は常に忌避された。「どうせ死ぬ男に使う薬はない」と回復薬すら満足に与えられず、彼は常に死の最前線へと駆り出された。

 降り注ぐ魔物の攻撃。始めは避けていたが、自分が避ければ背後の仲間が死ぬ。

 

(……どうせ、長くない命だ)

 

 いつしか彼は、致命傷以外は避けなくなった。その戦いぶりは、周囲からは「死神」とすら呼ばれた。


 17歳。呪いの宣告から2年が過ぎ、彼の物語は1年以内に終演を迎える予定だった。


 *

 

 月の綺麗な夜だった。

 魔物が出ると噂の湖のほとりを巡回していたヴォルクは、不自然な水音に足を止める。


(魔物か!? ……いや、あれは――人か!?)

 水面に広がる波紋の先に、今まさに沈んでいく影があった。

 周囲に人の気配などなかったはずだ。どこから現れたのかと怪しみながらも、彼は上着を脱ぎ捨て、迷わず湖へ飛び込んだ。


 引き上げたのは、黒髪の女性だった。

 ぐったりとした彼女を岸へ運び、回復魔法をかける。だが、全く手応えがない。魔力が浸透しないのだ。


「おい! しっかりしろ!!」

 ヴォルクは焦燥に駆られ、胸骨圧迫を開始した。

 (溺れたのが今ならまだ間に合うはずだ…!)

 胸骨圧迫を続けるヴォルクの頭の片隅に、もう一つの蘇生法がよぎる。その方法は呪われた自分が行うのは少し躊躇われた。


(……申し訳ないが、命には代えられないだろう。)

 顎を上げ、人工呼吸を施す。何回か心肺蘇生を繰り返した頃――彼女が激しく咳き込み、意識を取り戻した。

「おい! 聞こえるか!?」

「っ! ゲホっ、ゲホッ!」

「無理に話すな。大丈夫だ」

 安堵が胸をかすめる。一体なぜ、彼女はこんな真夜中に湖で溺れていたのか。


 落ち着くのを待っていた時、彼女が震える指先で、遠くに見える子爵家の屋敷を指差した。

(子爵家の者か? ……だが、あの家に黒髪の令嬢などいたか?)

 不思議に思っていると、彼女の手からふっと力が抜ける。


「おい、しっかりしろ!」

 すぐに呼吸を確認し、正常な呼吸に一安心する。

「とりあえず、子爵家に行ってみるか……」

 ヴォルクは彼女を抱え、子爵家の屋敷へ歩き出した。


 *

 

 屋敷に送り届けると、子爵夫妻は安堵し、娘を助けた彼に深く感謝した。

 無事に役目を終えたヴォルクは、再び湖のほとりへと戻る。

 そこで、異変は起こった。

 

「なっ……!?」

 突然、自分の体が淡い光を放ち始めたのだ。

 その光はみるみるうちに輝度を増し、夜の闇を白日の如く照らし出す。


(呪いによる死か……? いや、それにしては……)

 熱い。だが、不快ではない。むしろ澱んでいた体中の魔力が、清流のように浄化されていく感覚。あまりの眩しさに、彼は強く目を閉じた。

 

 光が収まった時、ヴォルクを包んでいたのは、かつてないほどの清涼感だった。

 思考は冴え渡り、体は羽が生えたように軽い。そして何より。

(呪いの気配が……消えた……!?)

 胸の奥に巣食っていた、あのどす黒い重圧が綺麗さっぱり消滅していた。

 慌てて湖の水面を覗き込む。


 そこには、月明かりを透かして美しく輝く、元の「銀髪」に戻った己の姿が映っていた。

(なぜ、今急に……。まさか、先ほどの彼女が……?)

 聖女リリアージュにも解けないと言われた死の呪い。それを、あの無力のまま沈んでいた女性が解いたというのか。


 確かめるべく彼女の元へ引き返そうとしたヴォルクは、ふと、あることに気づいて愕然とする。

 

(……俺は、彼女を助けた後、どうしたんだ?)

 たった数十分前のことだ。覚えているはずなのに、彼女の顔を思い浮かべようとすると、記憶に厚い靄がかかる。


 思い出せるのは、濡れた黒髪と、茶色い瞳の面影だけ。

 名前も、声も、詳しい顔立ちも、どうやって別れたのかも――不自然なほど、記憶が削ぎ落とされていた。

 

(彼女は、一体誰だったんだ……)

 記憶の空白に消えた、名もなき恩人。

 封じられた記憶にいら立ちを感じながらも、ヴォルクは夜空を見上げた。呪いから解放し、光を与えてくれた彼女に、深い敬意を込めて。


 その後、呪いの解けたヴォルクは貴族社会へと復帰し、学園の2年次から編入することとなる。

 しかし、呪いが解けた理由が不明である以上、周囲からは再発を危惧され、何もかも元通りとはいかなかった。


 黒髪に茶色い瞳。僅かに残る記憶を頼りに、彼はずっとあの日の恩人を探し続けている。

高等部は16歳〜19歳、大学部は19〜23歳。

日本とは1年ずれています。

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