始まりの剣、カレトヴルッフ 6
サーシャによる数度の交渉、という名の電撃バリバリボタンに、ガーヒリテア侯爵はすっかり怯えるようになった。だが、なかなか諦める様子がない。
そして何度目になるか、サーシャがまたスイッチを押すが、
「あら~~~?」
今度は、何も起きない。
「ふ、ふははははは……! ワシの勝ちだ、小娘が! この程度で騎士団長たるワシの心を折れると思っていたのか!?」
簀巻きにされたまま、ガーヒリテア侯爵は元気に起き上がった。そして、
「あ、電池切れっスね。じゃあ新しいのに交換するっス」
というリアの言葉を聞いて、勢いよく床へと崩れ落ちた。
そこに家令の爺さんが、侯爵が暴れないように抑え込み、リアに渡された新しい首輪を侯爵の首に取り付ける。
「お、お前……! 完全にワシを裏切っておるのだな!?」
「いえいえ、私どもはガーヒリテア家の、よりよき未来のために働いております。決してつまらないプライドで御子息へと頭を下げることが出来ない閣下に失望しているわけではありませんよ、はい」
「お前はいつもそうだ! そうやって本音をしれっと漏らしあばばばばばば!?」
「うん~~~、ちゃんと動いてますね~~~」
「ま、まだワシが話している最中だろうが!?」
「私の『お話』の途中でもあります~~~」
そういえば、話の中心であるはずのレオニスがさっきから空気だな……っていねえ!?
「あの、アリス? レオニスさんはどこに行かれたか分かりますか?」
「久々に家に帰ったんで、リーファちゃんと一緒に愛犬の様子を見てくるそうです」
その言葉で周囲を見回すと、アリスの言った通り、リーファの姿もなかった。
「どいつもこいつも、自由気まま過ぎますわね……」
「マリア様のが感染ったんじゃないです?」
「……ノーコメントですわ」
「ところでだ、サーシャ」
と、交渉中のサーシャに、リギアが話しかけた。
「はい~~~。なんでしょうか~~~、王子殿下~~~?」
「今さらだが、俺たちがこの場にいるのは逆効果ではないのか? 無関係なものがいれば、騎士団長も己の瑕疵を認め辛かろう」
「そうかもしれませんが~~~、王子殿下とマリア様には~~~、証人になっていただく必要がありますので~~~」
「ああ、なるほど。王族と、公爵家。仮にレオニスさんが当主になったとて、わたくしたちがそれを保証するかしないかで、大違いですものね」
「はい~~~。それに~~~、レオニスお兄さまが縁を切られたのは~~~、ゴルディナー公爵家に肩入れしているのを~~~、騎士団長が気に食わなかったからと~~~、噂になっていまして~~~」
「わたくしの前で復縁させることで、その噂が誤りであるという証左に、というわけですか」
もし俺が原因なら、問題が解決していないので、その原因を前にしては復縁を認めるわけがない。逆に言えば、俺の前で復縁すれば、ゴルディナー家はレオニスの勘当とは無関係と言い張れる。
「はい~~~。そうしないと~~~、のちのち面倒になりますので~~~」
と、サーシャは困った顔でそう言った。
「貴族の世界は面倒っスねー」
「王族の言葉とは思えませんわね……」
「いやー、兄ちゃんたちや姉ちゃんたちからもよく言われてたっスよ。『お前はもっと王族としての自覚を持て』って」
「貴女はもっと王族としての自覚をお持ちなさいな」
「マリアセンパイからも言われたっス!?」
ちなみにリギアが話しかけたあたりから、ガーヒリテア侯爵はビリビリと痺れ続けている。
「あ、威力控えめの安全装置付き尋問用のやつなんで、つけっぱなしでも大丈夫っスよ」
「無駄に凝っておりますわね……」
「コリと言えば肩凝りに効くやつもあるっス」
リアは俺とサーシャの胸元を見ながら、そう言った。
「詳しくお話していただけるかしら」
「うっス。もともとはこれ」
と、リアはガーヒリテア侯爵に取り付けられた首輪を指差し、
「サーシャがひどい肩凝りに悩まされているって話を聞いて、電気でほぐせないかと思って作ったやつの失敗作なんスよ」
「そういう意味での『詳しく』ではありませんわよ……」
まぁ、サーシャが悩むのは分かる。俺もときおり、アリスに肩を揉んでもらっているからな……。
直後、アリスとリギアが同じ方角を見た。だが、そこには何もない。
気になって、窓から外を確認すると、
「騎乗士?」
黒い騎乗士が歩いてくるのが見える。体格から見て、戦闘に適した雄型だ。数は三つ。距離は遠いが、それでも判別できる程度には、国内でも有名な機体だった。
「……漆黒狐。王国騎士団で使われているモデルですわね」
騎士団長が妙に粘るなと思っていたが、これを待っていたという訳か。
室内に顔を戻せば、騎士団長は勝ち誇った顔をしており、直後にバリバリとスケスケになり、
「あらあら~~~」
と、サーシャは困り顔になっていた。
「サーシャさんといえども、王国騎士団までは丸め込めておりませんでしたか」
「はい~~~。さすがに~~~おじさまの信奉者が多いと思われましたので~~~」
「だが、数は少ないな。常識的な団員が多いと見るべきか、騎士団長の人望が薄いと見るべきか……」
「それはともかく、どういたしますの? さすがに、わたくしたちの騎乗士は持ってきておりませんわよ」
おそらくだが、漆黒狐も王城から飛び出して歩いてここまで来たんじゃないだろうか。あの機体はどれも旧型機だから、獅子型ならどれか一機あれば余裕で倒せるとは思うが。
ううん、こんなことなら馬車ではなく、やはり騎乗士で空を飛んで来るべきだったか?
実際、空を飛んできた方が早かったのだが、うっかり騎士団長が死んでしまったら、騎乗士で乗り込んだことで犯人を刺激したのが原因だ、などと責任をおっかぶせられる可能性があったのだ。
「地下に騎乗士が隠してあったりしませんの?」
「さすがにそこまでは~~~」
無いですよね~~~? と、サーシャが家令に尋ねるが、首を横に振られてしまった。
「むっふっふ、お困りのようっスね」
腕を組み、無い乳を逸らせながらそう言ったのは、リアだ。
「アフターサービスも万全っスよ。ここはウチにお任せあれっス!」
リアは組んだ腕を崩し、高らかに右腕を掲げ、
「おいでませっス、始硬剣!!」
パッチィイイン! と、指を鳴らした。
……。
…………。
………………。
「何も起きませんね?」
と、アリスが言った直後、
「あら、地震ですの?」「うわっ」「きゃっ」「あらら~~~?」
地面が揺れ、悲鳴やら感想やら、
「あばばばばばば!?」
ついうっかりサーシャが押してしまったスイッチで痺れる声やらがついでに聞こえ、窓の外、地面の下からゴゴゴゴゴゴ……! と音を立てながら何かが出てきた。
ドリルだ。
巨大なドリルが、ガーヒリテア侯爵家の屋敷、その玄関の前にある噴水をブチ砕きながら出現した。
外では数匹の犬がきゃいんきゃいんと叫び、それを追って来たレオニスとリーファの姿も見える。
ドリルの回転が止まると、中からゆっくりとパッカリと四つに割れた。その中には、片膝立ちで待機する、一機のロボット。
主人公機カラーで彩られた、ヴィネリア・ロンゴミニアドの専用機、始硬剣。
ここで一つ余談なのだが、俺たちが今いるのは三階である。
「……リア、急ぎませんと、黒い騎乗士が先にこちらにたどり着きますわよ」
漆黒狐は、馬鹿みたいにデカい庭園の中へと踏み込もうとしているところだ。広さ的に、騎乗士サイズの機体が戦う余裕は十分にある。
「急いで行ってくるっス!!」
扉に向かって駆け出したリアを見て、俺は気付いた。
「リギア様! リアは絶対に途中で迷いますわ! 彼女を担いで直接降りてくださいまし!」
「あいよ」
返事をしたリギアは、リアを肩に担ぎあげる。
「おぉっス?」
そして、窓に向かって駆け出した。
飛び蹴りだ。
窓枠を蹴り飛ばしながら外へ飛び出し、そのまま自由落下。
「にょわあああああ!?」
ちなみにリギアが掴んでいるのはリアの太ももなので、制服、つまりフレアスカートがひっくり返ってピンク色のレースの下着が丸見えになっていた。あとでリギアには目潰しをしなければなるまい。
窓の外、リギアが無事着地した地点から、騒がしい声が聞こえる。
「こ、腰が抜けるかと思ったっス!」
「お前がそんなタマか。ほら、さっさと行ってこい。ちんたらやってるとケツを叩くぞ」
「こっちの王族もガラが悪いっスーーー!!」
漆黒狐が近い。そして、先頭の一機が狙いを変えた。
未確認機に向かって走る少女を、リアを捕縛しようと進路を曲げたのだ。
リアもそれに気付き、急ごうとするが、150センチあるかないか程度のリアと、6メートルの漆黒狐。その身長差は実に4倍だ。騎乗士の方が明らかに速い。
そんな漆黒狐の右肩を通るように、一筋の閃光が貫通った。
右腕が、そして、同じく閃光が通り抜けた右脚が爆ぜた。
漆黒狐は左側に倒れ伏し、残る二機は突然の事態に、周辺へと警戒を向け、明らかに移動速度が落ちる。
ふぅ、と知らず、溜め息が漏れた。
「追撃獅子オプションタイプ、嵐を覗き見る者」
空を見上げるが、さすがにどこにいるのかまでは分からない。
ここにいないグレイに、俺が頼んでいた要件だ。
追撃獅子の高い推進力を、さらに特化させた機体。それを用いて、空へ、上へと昇ることで得られる能力。すなわち、
「超上空からの、狙撃特化機。ニオスさんから、きちんとグレイ様に伝わっていたようですわね」
おお、とヴァイトが喜ぶ。
「さすがはマリア様。このことを見越して、グレイに話を通していたんですね」
「こればかりは偶然ですわよ。今日が嵐を覗き見る者のテスト予定日で幸いでしたわ。そうでなければ、こう都合よくはいかなかったでしょうし」
「でもそれなら~~~、リアちゃんが飛び出す必要はなかったですね~~~」
「いいえ、そういう訳にもいきませんわ。嵐を覗き見る者はまだテスト段階でして。具体的に言えば、一回攻撃したら、再攻撃するのに十分以上かかります」
これは、嵐を覗き見る者の攻撃手段が原因だ。
超上空からの狙撃となると、多数の制約がある。
例えば、高度を確保するための機体軽量化。
例えば、超上空に位置する故の、空薬莢の管理。
例えば、離れすぎた距離を埋めるための、圧倒的な弾速の獲得。
それらを解決するため、嵐を覗き見る者が持つのは特製のレールガンだ。レールガンなので空薬莢が出ず、電磁力により、弾丸は超音速で射出される。
そして軽量化のため冷却装置が搭載されておらず、自然冷却が必要なのだ。位置環境次第だが、冷却には少なくとも十分、故障の危険性を無くすなら、二十分以上は時間を置きたい。
腕部の回転式武装腕部機構に取り付けているコンテナも、ガンカメラと、姿勢制御のためのブースターが組み込まれているだけなので、レールガン以外の武装も持っていない。
なので、上から降りてきたとしても戦えるわけではないのだ。
……これは余談だが、「狙撃機なので、やはり二人組が基本ですわ。補佐役に、ターニャさんを乗せて飛んできてくださいまし」と言い含めてもいる。
二人きりの密室。
誰からも干渉されない空間。
何も起きないはずがなく……。
何も……。
うん、何も起きなさそう……。
そうこうしているうちに、動いたものがいる。始硬剣だ。
膝立ちから立ち上がり、ドリルの土台から、大地へと降り立った。
そういえば、こうやって立つ姿を見るのは初めてだ。お披露目の際は移動用の巨大馬車に固定されたままだったしな。
「さて……、時間は稼げたことですし、お手並み拝見と行きましょうか、ヴィネリア第三王女様」




