始まりの剣、カレトヴルッフ 5
事件解決のため、俺たちは馬車に揺られながら、ガーヒリテア家へと向かっていた。
さすがに今回はいつもの面子、というわけではない。
まず第一王子であるリギアに白羽の矢が立ち、そしてリギアの婚約者というわけで俺が、そして俺のキャバリエなのでアリスが同行。
人質となったガーヒリテア侯爵の実子というわけで、レオニスとリーファの二人。
そして首謀者の兄であるヴァイトの、合計六人が一つの馬車に乗っている。話を聞いたのは学園の教室だったので、全員が制服姿のままだ。
馬車は王族が使うようなものなのでとにかくデカく、六人が乗っていても窮屈さは感じられない。
ちなみにこの世界、実は自動車がまだ発明されていない。理由はいくつかある。
まず、ガソリンエンジンが発明されていない。それ以前に、ガソリンというか、石油がろくに使われていない。
ではマリウス教のジェネレーターを使うという方法だが、この場合、出力が余りに高すぎる。例えるなら、軽自動車にF1マシンのエンジンを搭載してアーケード街を爆走するようなものだ。
都市型ジェネレーターや騎乗士のおかげで、バッテリーの方は発達しているんだけどね。
そして、その騎乗士が競合先だ。荷物が多い場合、雌型騎乗士が馬の代わりに馬車を引く。
加えて、騎乗士の場合はそのまま護衛戦力にもなる。なのでそもそも、自動車を開発しようという概念自体が発生しないのだ。
話を戻そう。サーシャによって人質に取られた騎士団長の件についてだ。
「すみません。油断していました。マリア様に忠告されていたにもかかわらず、私の失態です」
ヴァイトが苦虫を嚙み潰したような顔で言った。その姿を見て、気付いたことがある。
「今思えば」
と、周りが何か言う前に、俺が返事をした。
「サーシャさんの言っていた『2週間』というのは、ブラフだったのでしょうね。すぐには行動を起こさないだろうと、わたくしたちを油断させるための」
というか俺も油断していた。
サーシャが事を起こすにはまだ時間があると踏んでいたので、グレイに用事を一つ頼んでしまっていたのだ。なので、グレイは今日、学園に来ていなかった。
「そこまでするでゴンスか……」
するんでゴンス。
ヴァイトは攻略対象キャラということもあってポンコツ策士なのだが、サーシャは悪役令嬢キャラなので、ヴァイトと違いポンコツ性が薄い。
すっかり俺もそのことを忘れていた。サーシャは策略のため、まず味方から騙す。
それも何も言わないのではなく、わざと正誤入り混じった情報を伝えるのだ。なのでたちが悪い。
そして、原作ゲーム『貫いて、マキャヴェリズム』では、リアが開発し、学園中に仕込んでおいた監視カメラやら録音機やらで発言と行動の矛盾を見抜き、加えてその悪事をババーンとさらけ出すという、どっちもどっちな手段で逆転するのだ。
……そういえば、そのリアを昨日から見ていないな。
いや、まぁ……いくら主人公とはいえ、レオニスはリアの攻略対象というわけではないし、そもそも今回の件は、完全なリントヴルム国内にしか関係がないお家騒動だ。なので一緒にいたとしても、一緒に連れて行くわけにはいかないのだが。
「それで今回の件、どうやって解決するつもりですの?」
犯人からの要求は一つだけだ。レオニスを、ガーヒリテア家へと連れてくること。
当然の要求だろう。サーシャの目的は、レオニスをガーヒリテア家に復縁させることなのだから。
「どうするでゴンスかね……。いやマジで」
というレオニスは頭を抱えている。こいつは非頭脳労働側なので仕方がない。
「レオニスを復縁させて、数日中に婚約式を刊行するしかないでしょう」
そう言ったのはヴァイトだ。
「そうなれば、サーシャは事実上、ガーヒリテア家の一員です。あとは政治的な数日の誤差扱いで、なあなあにするしかありません」
―――つまり、事件の後に婚約式が起きたのではなく、婚約式の後に今回の事件が起きたという扱いにすることで、今回の問題はガーヒリテア家の中だけの問題という形にしてしまうわけですわね。
《質問:ちなみにですが、そうしない場合、どうなりますか?》
―――最悪の場合、騎士団長がもし死んでしまったら、その責任を取る形でサーシャさんの父であるイーリッヒ宰相が処分を受けますわ。国のトップ三人のうち、二人が急にいなくなるわけですから、屋台骨はガタガタになりますわね。
それは避けたいところではある。
グリプスとの間で起きた戦争については、その戦後処理はかなり平和的に進んではいる。
だが、周辺諸国が不安の種だ。海を越えたロンゴミニアドまで飛行型騎乗士の話が伝わっている以上、周囲の国に伝わっていないはずがない。
ここで二人が失脚すると、最悪、いきなり戦争だ。グリプスではなく、それ以外の国に攻め込まれる。それも、おそらく複数の国から立て続けにだ。二人は王族ではないので、喪に服すバリアーも使えないから避けようがない。
その後も対応策を話していると、馬車が停止した。
ガーヒリテア家に、―――レオニスの生家に、到着したのだ。
●
「おかえりなさいませ、レオニス様、リーファ様」
屋敷に足を踏み入れ次第、そこに立っていた家令らしき老人にそう言われた。
レオニスたちの方を見ると、
「家の家令でゴンス」
やっぱそうか。
「つまり、サーシャさんは家令すらも味方につけているということですわね」
それくらいでなければ、どうやって騎士団長の家で騎士団長本人が人質にされるというのだ。
そもそも、そうじゃないなら、レオニスに向けて帰ってきたことの挨拶をするはずがない。リーファだけでなく、リーファより先に名前を呼んで、「おかえりなさいませ」と言ったのがいい証拠だ。
ちなみに家令について補足しておくと、『男の使用人の中で一番偉い人』だと考えればだいたいオッケー。
家令がそうなら、それより下の使用人全体がサーシャに与していると見ていいだろう。
そして視線を戻すと、
「れ、レオニス様……。まさか気が触れられて」
と、家令が青い顔をしていた。
「おじい。兄貴はいたって健康に馬鹿をやっているだけだから、気にするだけ無駄よ」
リーファが呆れたように言って、
「それよりも、案内してちょうだい。サーシャのいるところに」
●
ノックもせずに扉を開けると、リーファの要望通り、そこにはサーシャがいた。もはや見慣れた制服姿だ。
まぁ、服装はいくら見慣れても、その巨大極まるおっぱいには全く見慣れる気がしないのだが。
床を見ると、ぐるぐる巻きで拘束され、さらに猿ぐつわまで噛まされた騎士団長、ゴルディフ・フォン・ガーヒリテア侯爵が転がっていた。
そして、
「オッス、マリアセンパイ! ウチが思ってたのより、来るの早かったっスね!」
何故か、ヴィネリア・ロンゴミニアド第三王女が机の上に腰掛けていた。こちらも制服姿だ。
「大急ぎで来ましたもの。……それで、リア。貴女、こんなところで何をしておりますの?」
「あ、ウチは単なる付き添いというか、技術アドバイザーって感じっス。なんで気にしないでくださいっス」
いや気になるわ。本当に何やっとんねんお前。
「そんなことよりもっス」
リアがそう言い、俺から視線を外した。その顔が向けられた先には、
「サーシャ……」
「ようこそおいでくださいました~~~、レオニスお兄さま~~~」
対峙する、レオニスとサーシャの姿があった。
「これは一体、どういうことだ?」
「どうもこうも~~~、レオニスお兄さまを~~~、ガーヒリテア家の当主にしようと思いまして~~~」
「はい? 当主?」
サーシャの言葉を聞き、思わず声が漏れた。その声を聴いたサーシャが、俺の方を向く。
「はい~~~。面子の問題で復縁できないのなら~~~、そもそもの~~~、面子そのものを無くしてしまおうと~~~」
「滅茶苦茶に過ぎますわ……」
「そうでもありませんよ~~~。家令さま~~~、おじさまが話せるようにしていただけますか~~~」
命令された家令の爺さんは、言われた通りに騎士団長の猿ぐつわを外す。
「サーシャ! 貴様、自分が何をしているのか分かっているのか!? いくらリヒトの娘だからとて、かようなことが許されるわけではないぞ!!」
「いいえ~~~、許されますよ~~~。国王陛下からお許しは頂いております~~~」
「…………は?」
騎士団長の口が、まるで顎が外れたかのように開かれた。
その騎士団長の元へと、サーシャがゆっくりと歩いていく。そして相変わらず床に転がったままの騎士団長の側で座り込んだ。
「先の七の稲光戦争にて~~~、レオニスお兄さまが多大な戦果を上げておりますが~~~、騎士団長の手前~~~、褒賞を与えることができておりません~~~」
と、サーシャはゆっくりと、言い聞かせるように話し始めた。
「新型機の開発に~~~、戦果も合わせて~~~、褒賞がいただけないとなれば~~~、数多くの騎士さまがたが~~~、不安を抱くと~~~、国王陛下はお考えです~~~」
日本の歴史の中でも似たようなことあったよな。大陸から攻めてきた連中を撃退したものの、敵の所有地が海の向こうだったので土地を与えることが出来なくて、武士に不満に思われたとかいうやつ。
「くわえて~~~、レオニスお兄さまを当主にしたなら~~~、陞爵を褒賞とすることを約束していただけました~~~」
「口だけでは何とも言えるわ!」
「そう言われると思いまして~~~」
サーシャはそういうと、おもむろに胸の上、服の隙間に指を突っ込み、一枚の封書を引っ張り出した。
「国王陛下のサインと~~~国印も押されてます~~~」
そう言って、サーシャはリギアへと封書を差し出したので、俺はそれを、
「一体どこに仕舞っておりますの!」
と言いながら、横から奪い取った。ほんのりと温かい……。
封書を開くと、確かにレオニスが当主となった際には陞爵すると書かれている。
それを横から見たリギアが、
「たしかに父上のサインと、国印だな」
と太鼓判を押す。
当然といえば当然だが、国王のサイン、そして国印の偽造は大罪だ。ぶっちゃけ最低でも極刑で、悪質な場合は一家郎党が極刑となる。
その罪の重さをだれもが理解している。偽造ではないかという声は上がらなかった。
「良かったですわね、ガーヒリテア侯爵。念願の公爵入りですわよ」
「貴様ぁーーー!!!」
心の底からそう思っていたのに、何故か火に油を注いでしまったらしい。何故だ。
―――前々から思っていたのですけれど、この人、やはり人の心が分からないのでは。
《肯定》
おいこらドライコイン。そこは同意するところじゃなく反論するところでは? 俺の人間味溢れるエピソードを原稿用紙十枚分くらいの文字数を使って表すところでは?
ともあれ、俺の言葉を聞いた簀巻き親父が罵詈雑言を喚き散らしている中、サーシャは「あらあら~~~」と笑いながら右手を上げ、その手に握られていたとても見覚えのあるスイッチを押した。
すると、ガーヒリテア侯爵の首から赤い光が点滅したのが見える。その時になって初めて、侯爵に金属製の首輪が付けられているのに気付いた。その首輪から、赤い点が点滅しているのだ。俺がそのことに気付いた直後―――
「あばばばばばば!!!??」
ガーヒリテア侯爵が、透けた。もうすっけすけだ。骨までよ~く見える。というか骨しか見えない。
……あのスイッチ、リアがレオニスを捕まえた時に使っていた罠の解除ボタンと同じ奴じゃね?
―――手を組んではいけない二人が手を組んでしまったのでは?
言うな。俺も正直そう思っていたけれど、言うな……。
《感想:主人公と敵が手を取り合うというのは、いわゆる浪漫展開というやつではないのですか?》
こんな陰湿なロマン展開があってたまるか……!
「まだお話の途中ですよ~~~」
サーシャの言葉で見てみると、ガーヒリテア侯爵はブスブスと煙を上げながら呻いていた。
「国王陛下はもちろん~~~、このお屋敷の方も~~~、もちろんおばさまからも~~~、ご理解いただいております~~~」
用意周到過ぎる……。絶対一週間で出来る分量じゃねえだろ。これはたぶん、事前に根回しはもう終えていたっぽいな。
「それに~~~、」
と、サーシャは一度言葉を止め、
「レオニスお兄さまを橙色の騎乗士に乗せるなんて恥をかかせてこの程度で済むんですから、感謝してくださいね」
糸目を開いて、青い目でガーヒリテア侯爵を見下ろしながら、そう言った。
「い、いや、それはワシじゃ」
ポチっ。
「あばばばばばば!!」
「下手な言い訳は結構です~~~」
どうやら本気で怒っている様子のサーシャから視線を外し、レオニスをオレンジカラーの機体に乗せるという策略を立てた当人であるヴァイトを横目で見ると、全力で顔を逸らしていた。脱水症状でも起こしてるんじゃないかってくらい滝のような汗をかいていた。
俺はリギアと、続けてアリスと目を合わせ、互いに頷き合う。
ヴァイトの肩に手を置くと、驚くほど肩が跳ね上がった。その耳元へと口を寄せる。
「一つ、貸しですわよ」
ヴァイトは、情けない顔で何度も頷いていた。
ついでにリーファに近付き過ぎだと怒られた。今は親父のエレキチックなパレードを見てろよお前。




