始まりの剣、カレトヴルッフ 4
それから、数日が経過した。
リーファ単独でレオニスを捕まえられる様子は、未だにない。
レオニスの窓枠ぶら下がり作戦はその後、二度に渡り成功したが、三度目にて外で待ち構えていたリアに目撃され、そのからくりを暴かれたことで、当たり前のように地面へと飛び降り、怪我一つなく着地し、全力疾走でリアからも逃げおおせていた。
ちなみに、さすがに直後の授業には戻ってこられなかったようで、再び姿を見せたのは、その授業後の休み時間になってからだ。
という訳で、リアは罠を作った。
都合四度に渡る脱出劇により、さすがにレオニスがどこから出てくるのかは分かり切っている。そこに罠を設置したのだ。
そして、
「捕ったっスーーー!!!」
という地面からのリアの声が、教室にまで聞こえた。
窓枠から身を乗り出し見てみれば、空中にレオニスが捕まっている。
網だ。
俺は罠に詳しいわけではないので、あれが何と言う名前の罠なのかは知らないが、大量の魚を捕まえる時に使う網の奴に似ている。
上階、おそらくは屋上に設置された吊り上げ縄によって口を締められた網の中に、レオニスの姿があった。
銀閃が、数度走った。
すると、レオニスを捕獲していた網がバラバラに引き裂かれる。
「ちょっ! なんであの人、ナイフなんか持ってるっスか!?」
そう。レオニスの両手にあるのは、大振りのサバイバルナイフだ。それらを逆手に持ったまま、地上へと落下し、身体を小さく一回転させることで衝撃を分散させる。
そして即座に逃走した。
……そう言えば、リアには言ってなかったな。
レオニスを始めとする、リギアの取り巻き貴族の三人は、リギアの護衛を兼ねている。なので、学園内でも例外的に、武器の携帯が認められているのだ。
ついでにキャバリエも、主が学園に通っている場合は護衛として武器の携行が許可される。まぁ、俺はアリスに何も持たせてないけど。
アリスは騎乗士の操縦者としては優秀なんだけど、生身の戦闘能力が高いわけではないしね。下手に武器を持たせて、取り扱いを間違えさせる方が怖い。
あと、武器を持っていると自分が何とかしなければという誤った使命感に突き動かされかねないし。
そういうわけで、レオニスがナイフを持っていること自体は、別におかしなことではないのである。
それはさておき、
「あの子、どうやって捕まえるつもりなのかしら」
罠って、一回やったら警戒されるしなぁ。ここで捕まえ損ねたのは苦しい展開だぞ。
●
翌日。
「あばばばばばばば!?」
地面に転がったレオニスが、全身の骨を透けさせながら、悲鳴を上げていた。
「最初からこうすれば良かったっスね」
痺れるレオニスを見下しているのは、誰あろう、この罠を設置したリアに他ならない。
何をやったのかと言うと、地面に電線を敷いて、そこに高圧電流を流していたのだ。
レオニスは、三階から飛び降りた時の衝撃を、なんか回転しながら着地する方法で分散している。名前は知らん。
《補足:五点接地、あるいは五点着地と呼ばれる技術です》
つまりその際、地面に身体が接触するのだ。リアはそこを狙った。
「意外と早く決着がつきましたわね」
《感想:同感です。もう5000字程は履歴を引っ張れるかと期待していたのですが》
ちんたらやってるとシナリオが進行しないからなぁ。
原作ゲーム『貫いて、マキャヴェリズム』でも、リアはこの辺の即応能力が高いのだ。何度も失敗するようなキャラではない。
ちなみに、レオニスが飛び降りた窓からその様子を見ているリーファは、その惨状を見てちょっと引いていた。
「……リーファさん。はやく行かないと、お兄さんが感電死してしまいますわよ」
「そ、そうだった! 行ってくるわ!」
そう言って、リーファは教室を飛び出していった。
その後ろ姿を見送って、俺は元居た席に戻り、
「リリーナさん、カタリナさん、わたくしたちも後を追いますわよ」
●
俺たちが現場に到着するのと、先に飛び出したはずのリーファが到着したのは、ほぼ同時だった。
リーファが遅くなった理由は、一目見て分かった。
サーシャだ。
リーファが、サーシャの手を握り、この場へと連れてきていた。
ついでに、その後ろにはターニャの姿もあった。俺たちの方も俺の取り巻きとか、リギアに加えて、その取り巻きとかがぞろぞろといるので、ターニャまで来たのにはこちらも突っ込めない。
役者がそろったことを確認したリアは、ドヤ顔で無い胸を張り、
「ふふん、どうっスか? 見事に捕まえたっスよ!」
ようやく痺れが取れたレオニスは項垂れ、
「くっ、まさか、こんな方法で捕まえられるとは思っていなかったっす」
そう言った二人は、お互いに顔を見合わせ、
「キャラが被ったっスーーー!!!」
「キャラが被ったっすーーー!!!」
と、同時に叫んだ。
《補足:なお、当機による履歴では区別のため、ミス・ヴィネリアは「ス」をカタカナに、レオニスは「す」を平仮名にするよう、表記を変えております》
―――地味な努力をしておられたのですね……。
「ちょっと、レオニスセンパイ! ウチが勝ったんスから、敗者のセンパイにはキャラを変えてもらうっスよ!!」
「くっ、分かったでゴンス。勝者には逆らえないでゴンスからね」
お前、それでいいのか?
「ゴンスじゃねえわよ」
と、リーファがレオニスの顔を足裏で蹴り飛ばした。するとレオニスは地面に転がり、
「あばばばばばば!!!」
「リ、リア! 貴女これまだ解除してなかったんですの!?」
「あー、ほら、リーファとサーシャが来る前に逃げられたらいけないんで、そのままにしてたんスよね」
「いいからさっさと切りなさいよ! これじゃ私が掴むことも出来ないじゃない!!」
リーファの声を受けたリアが、ポケットから小さなスイッチを取り出す。それを「ポチっとなっス」と押すと、ようやくレオニスの悲鳴が止んだ。
なんかブスブスと、微妙に煙が出てない? 大丈夫かこれ……。
「レオニスお兄さま~~~」
しかし、そのようなことも意に介さず、奇怪なオブジェのような姿で地面に横たわるレオニスの元へと、サーシャがどたぷんどたぷんと走って近付いた。そしてレオニスの元で身を屈めると、どうにか復活したレオニスが、
「さ、サーシャ……。えー、その……悪かったでゴンス」
「ゴンスは結構です~~~」
うん、まぁ、ふざけているとしか思えないからね。サーシャは相変わらずの糸目のままだが、その眉は困ったような怒ったような、微妙な塩梅の角度だった。
言われたレオニスは姿勢を正し、頭を下げ、
「悪かった」
「それは~~~、何について謝っているんでしょうか~~~?」
「サーシャと、会うのを避けていたことだ」
「婚約が白紙になったことではなく~~~、会わなかったことについてだけですか~~~?」
「ああ。親父が、ガーヒリテア侯爵がオレを勘当した判断は正しい。だから、そっちは謝れない。グリプスとの戦争がいつ始まるか分からなかったし、それに、新型機なんて習熟に時間がかかるものだ。すぐに乗りこなせるのは、それこそ開発していたオレたちだけだろう。だからこそ、新型機に期待する馬鹿……騎士団員に対して、効果的な見せしめが必要だった」
「それが~~~、レオニスお兄さまだったということですか~~~?」
レオニスは頷き、サーシャの言葉を肯定した。
「実の息子にさえこれだけの罰を与えるんだ。単なる部下相手なら、どれだけの罰になるかなんて、想像すらしたくなくなるだろうさ」
あー、なるほど。
レオニスが騎士の爵位を勝手に持っていった件について、なんで騎士団長が抗議してこないのかと不思議に思ってはいたのだが、怒りに任せてではなく、政治的な理由によるものだったからか。
「リーファさんはこのこと、知っておりましたの?」
と、リーファの隣に移動し、小声で訊いてみる。
「そりゃあね。私だって騎士団長の娘なんだもの。そのくらいのことは言われなくても分かるわ」
あれ、もしかして、気付いてなかったのって俺だけ?
「ま、他にもっといい方法があったんじゃないのかって思わなくもないけどさ」
レオニスは受け入れているが、リーファの方はまだまだご立腹らしいな。
「ということは~~~、おじさまと復縁すること自体は~~~、問題ないということですよね~~~?」
「まー、そうだな。つっても、親父だって騎士団長だ。相当の面子があるから、そう簡単にはいかないだろうけど」
「ふむふむ~~~」
「という訳で、悪いんだけど婚約者は他の奴を探してくれ。なぁに、そんな凄ぇ身体してんだ。サーシャと結婚したいってやつは数え切れないほどいるだろうさ」
……いや、そりゃあねえだろ。
そこは乙女ゲームの攻略対象らしく、「すぐに復縁してみせる」とか「お前と結婚するにふさわしい立場になるまで待っていてくれ」っていう場面じゃねえの?
ほら見ろよ。リーファの顔が凄いことになってるぞ。いくら悪役令嬢とは言え、ちょっと乙女が見せていい表情のラインを超えているんだが。
リーファだけではない。アリスはもちろん、リリーナにカタリナも険しい顔をしている。
唯一、ターニャだけは相変わらずの無表情のままだが。
だが、レオニスの言葉を聞いたサーシャは、にっこりと笑い、
「分かりました~~~」
と言った。続けて、
「それではレオニスお兄さま~~~、二週間ほど~~~、お待ちいただけますか~~~?」
「え? 二週間? サーシャ、何をする気だ? ていうか待つって何?」
「ちょっと~~~、おじさまとお話をさせていただきます~~~」
なんだろう。嫌な予感がする。こう、悪役令嬢がやらかすこと的な意味で。
リーファは般若だったものから困惑顔に変わっていたので、取り敢えず放っておこう。
代わりに俺は、
「ヴァイト様、少しよろしいですか」
と、小声で呼びかけた。
「貴方の妹さん、何かやらかすつもりですわよ。注意しておいていただけますか」
「……そうですね。警戒しておきます」
直後、服を引っ張られ、ヴァイトの元から引き離される。
リーファだ。
「ちょっとアンタ、人の婚約者に色目使うのやめてくれるかしら」
おぉー……。
このセリフ、間違いない。原作ゲーム『貫いて、マキャヴェリズム』で、ゲーム主人公ヴィネリアに対して、リーファが最初に言い放った言葉だ。
リアではなく、さりとてアリスでもなく、それを言われたのが俺だというのは微妙な気分ではあるが。
それはともかく。
「この程度で色目だなんて、リーファさんは随分と、―――うぶなんですのね」
言いながら、俺は事態を静観していたリギアの元へと近付いていく。
「は? 何よ、喧嘩売ってんの?」
リギアの両肩に手を置き、
「いいえ、まさか。……わたくしはね、貴女にお手本をお見せしようと思いまして」
そして、自分の腹の方へ向けて、その肩を押した。
すると当然だが、リギアの顔は、俺の胸の中に埋まっていく。
「なっ、ななななな、アンタ、何してんのよ!?」
ゆで蛸のような色になったサーシャに向かい、言い放つ。
「ですから、お手本ですわ。ほら、サーシャさん。色目を使うというのなら、これくらいして御覧なさい」
サーシャは隣に立つヴァイトを見、再び俺たちを見、再度ヴァイトを見て、
「こ」
「こ?」
「これで勝ったと思うなよぉ~~~!!!」
と、原作ゲームでも幾度となく言い放つ台詞を言いながら、逃げ去っていった。
フハハハハハ!!! お前たちの弱点を知り尽くしている俺に勝てると思っているのか!?
生意気をいう小娘には、同じ悪役令嬢として格の違いを見せつけてやらねばな。
「あの、マリア様」
サーシャを追いかけて行ったヴァイトを見送っていたら、アリスに声を掛けられた。
「あら、なんですの、アリス?」
アリスは、うん、と一つ頷き、こう言った。
「リギア様、窒息しています」
●
一週間後、事件が起きた。
サーシャが、ゴルディフ・フォン・ガーヒリテア侯爵を人質に取り、ガーヒリテア家の屋敷に立てこもったのだ。
サーシャ本人の宣言より、一週間も早い出来事であった。




