獅子の尾を踏む 1
『メぇぇぇ~~リぃぃぃぃクリっスマぁぁぁーーースぅ!!』
ヴァイトの奇声と共に、砲撃獅子の全身から大量のマイクロミサイルが発射され、グリプス王国のとある基地を爆撃していた。
『……レオニスさん。ヴァイト様はいったい、どうなされましたの?』
と、本人に聞くのははばかられるので、その友人に通信で問いただす。
『あー、本当ならヴァイトは今頃、婚約者とデートの真っ最中だったらしいっす』
『あら、わたくしたち、イヴの日に婚約式を入れてしまいましたけど、悪いことをしてしまいましたかね』
『その日はどっちにしろ、終業パーティが入ってるっすよ。なので最初から、クリスマスの夜にって約束だったらしいっす』
『ロマンチックではあるが、今回は間が悪かったな』
と、レオニスとの会話に、リギアも混ざってきた。
なるほど、つまりヴァイトの行動は、
『憂さ晴らし、ということですか』
『どうするっす? もう結構ばら撒いちゃってるけど、今から止めるっすか?』
『……いえ、その必要はありませんわ。この基地は完全に沈黙させる必要があります。弾薬の補充はまだ問題ありませんし、ここでの出し惜しみは愚策でしょう』
『分かったっす』
レオニスとの会話を終えると、
『マリアは参加しなくていいのか?』
と、リギアから質問された。
『式を滅茶苦茶にされたんだ。恨みがあるのはお前もだろう』
それはそうだが、
『今回の薔薇獅子は、遠距離狙撃仕様ですもの』
と、突撃槍状レールガン、お嬢様の嗜みを不知恐怖に見せつけるように持ち上げた。
『あれだけ派手にばら撒かれては、どこに撃てばよいのかすらよく分かりませんわ』
それに、
『そもそも、あのような木っ端どもでは話になりません。この借りは、グリプス国王に直接叩きつけなければ怒りは収まりませんわ』
そう! 折角の、折角の『死亡フラグ完全消滅! 希望の未来へレディー・ゴーッ!』エンドが達成できそうだったのに!!
許さでおくべきか……!
『ひゃぁーーはっはっはっはっはぁーーーっ』
ヴァイトの高笑いを通信機が、さらには基地施設が爆発している音を機体のマイクが拾って、コクピット内が大変にうるさい。
しかし、音量調整すると周囲の音が聞こえにくくなるから、それも避けたいんだよな。
あ、そうだ。
『たーまやー!!!』
これ、一回やってみたかったんだよね。花火じゃなくてミサイル使ったときに。
突然の俺の奇行に、通信機からはアリスの困惑した声が聞こえてきたが「なんでもありませんのよ」とだけ言っておく。
さて、そもそも何故、俺たちがクリスマスの夜にグリプス王国の基地を襲撃しているのか。
話は昨日の夜、婚約式の中止直後にさかのぼる。
●
「みなさん、集まっておりますわね」
と、俺は部屋に入るなりそう言った。
学園にある特殊教室の一つ、騎乗士戦術室だ。その名の通り、騎乗士による戦術を学ぶための教室である。
科学室には実験器具が、家庭科室には調理用具があるように、騎乗士戦術室にも、とある設備が用意されている。
地図と、駒だ。
この場にいるのは当然俺と、俺と共に部屋に入ったアリス。すでに部屋にいたリギアと、リギアの取り巻きであるレオニス、ヴァイト、グレイ。そして、俺の義妹であるフラウの、合計七人だ。
「いったい何なんすか、マリア様? スーツに着替えて戦術室に来いだなんて」
「そうですよ、戦争が始まったんです。今すぐ国境に向かう準備をするべきです」
と、レオニスとヴァイトが俺に不満を言う。
そんなことは俺だって分かっている。だが、それでは駄目なのだ。
だから、俺は全員の顔を一度見渡し、こう言った。
「これより、特殊作戦の説明を行いますわ」
ちなみにこの作戦、知らないのは三馬鹿だけだったりする。カタリナやリリーナ、さらにはフラウまでも既に知っている。
「は?」
「特殊、作戦……?」
そう言ったレオニスとヴァイトの顔には、俺が予想した通り、疑問符が張り付いていた。
グレイも知らないはずだが、動揺も疑問も表に出してはいない。リギアが騒いでいない以上、その意に沿うということだろう。
「ええ。国王陛下からの許可は、既にいただいておりますわ」
「いやいや、いやいやいや、待ってください。事態についていけません」
「発端は修学旅行の後に行われた、親父たちとの協議だ」
と、リギアが言った。
「お前たちに飛行型騎乗士を開発させているが、その生産、あるいは量産がグリプスの侵略に間に合わなかった場合にどうするか、という内容だ」
「結論から申し上げますと、わたくしたちは、この七名による少数部隊で、グリプス王都を制圧します」
「グリプス王都を……」
「制圧、っすか……?」
レオニスにヴァイト、そしてさすがにグレイまでもが目を見開き驚いた。
「あまり時間もありませんので、手短に言いますわ。グリプスの侵略に使われるであろう飛行型騎乗士は、騎士団長の率いる艦隊が、ミサイルを用いて防衛し、時間稼ぎを行います」
と、俺は机の上に広げられている周辺諸国の地図、そのリントヴルムとグリプスの国境沿いに青と赤、二色の駒を並べていった。
「そして、戦線を硬直させている間に、わたくしたちはグリプスへと侵入し、可及的速やかに王都へと到達」
さらに、リントヴルムからグリプスへと流れる川沿いに、青の駒だけを進めていく。
「そして、グリプス王を捕まえるなり殺すなりすれば勝利です」
そして最後に、亀の瞳に置かれた赤い駒を横に倒した。
「め、滅茶苦茶だ! 作戦も無理難題だし、そもそもグリプス王を倒したところで戦争が終わるかどうかも分かりませんよ!?」
と、ヴァイトが唾を飛ばす勢いでがなり立てる。普通なら、ヴァイトの言う通りだ。
だが、だ。俺たちの場合はそうではない。
「いいえ、わたくしたちに限って言えば、確実に終わらせることが出来ます」
そう言って、俺はこの戦いにおける、最大のキーパーソンの名前を呼んだ。
「ですわよね、フラウ」
今は亡きはずの、フラウ・グリプス王女。これまではその生存を発表することが出来なかったが、この現状を覆すことが出来る、唯一無二の機会がある。
「そうか! 王位の簒奪……!」
ヴァイトが気付き、声に出した。その言葉を聞いたレオニスやグレイの顔にも、理解の色が広がっていく。
フラウは公的には死んでいる。だが、それはあくまで、『現在のグリプス王とマリウス教の名の元に』死んだことにされただけだ。
では、もし、その死んだはずのフラウが、グリプス王を討ったらどうなるか。
単純だ。『グリプス王の発表は間違いだった』という扱いになる。死者の名誉は大切だが、それ以上に、生者の名誉の方が大切だからだ。
加えて、『フラウは王位を得るため死を装い、リントヴルムと協力関係を得た』という建前を作れるので、戦争に負け、国力が低下した直後のグリプスをリントヴルムの庇護下に置く、という大義名分を得ることが出来る。
もし戦後、どこかの国が俺たちを攻めてきたら、その時は二国分の戦力で反撃が出来るという寸法だ。
だが、逆に言えば、今のグリプス王がグリプスの国王でいる限り、フラウの死は撤回されない。
だからこそ、この時が唯一無二のチャンスなのだ。
「悪いんだけどアンタたちには、アタシが王になるための力になってもらうわ」
それ故に、俺たちがグリプス国王を倒すということは、フラウが新しいグリプス国王になることに等しい。
「……マリア様、二つだけ確認しておきたいことがあります。よろしいですか?」
と、フラウから視線を外したヴァイトが、そう言った。
「ええ、聞きましょう」
「では一つ目。そもそもの大前提として、この人をグリプス王にしても大丈夫なのですか?」
ああ、うん。それは確かに重要な確認事項だ。
俺はフラウの方を見ると、彼女は一つ頷き、
「全然大丈夫じゃないわよ」
「……フラウ、話がややこしくなるので、そういう風には言わないでくださるかしら」
「ヴァイトの懸念についてだが、代官を寄越す予定だ。戦後、フラウは人質としてこちらに戻ってきてもらう」
と、俺と同じように顔をしかめたリギアが、代わりに説明してくれた。
「戦ってばかりだったから、王の仕事なんて何にも分かんないしね。それに王城にいたら、いつ寝首をかかれるか分かったもんじゃないし。そっちの方がアタシは助かるってワケ」
「分かりました。では二つ目。フラウ様が裏切り、グリプスに付く可能性は?」
「ないない、それはない」
「ええ。現グリプス王が生きている限り、いえ、フラウ以外の者がグリプス王である限り、『フラウの死』が撤回されることはありませんわ。なので、彼女が裏切る可能性は極めて低いでしょう」
「あ、オレからもいいっすか?」
と、レオニスが指を三つ立てながら手を上げた。
「フラウ様は祖国とか、親兄弟と戦うことになるんすけど、それはいいんすか?」
「いらない心配よ。こちとら一回先に殺されたんだから、なんも遠慮する気はないわ」
「それに、王子王女の多くは点数稼ぎのため、国境の前線に出てくるでしょう。わたくしたちと遭遇する可能性は低いですわ」
「なるほど、分かったっす」
レオニスは指を一つ折りたたんだ。続けて、
「じゃあ、フラウ様の昔の部下はどうっすか? グリプスの中でも特に精鋭って話っすけど」
「フラウバリアーが」
といったところで、例の会議に参加していなかった三人が困惑した顔を見せたので、
「ではなく、フラウの喪に服すという大義名分が、今回の侵略で失われることになりますわ」
そして、フラウから溜息が漏れ、
「そうなると、リントヴルム以外の国境を手薄にするわけにはいかないわ。なんで、あいつらがいるのはゴール地点、王都よりも奥の方になるから、戦うことはないと思う」
「同じ理由で、王都の守備は薄くなっている可能性が高いですわ。なので、わたくしたちにも勝ちの目がありますの」
「了解っす」
そしてもう一本指を折り、
「んじゃ最後に、補給はどうするんすか? さすがに王都までは遠いし、戦わずに到着ってのは楽観視が過ぎるっすよ」
「それは、これから説明いたしますわ」
俺はそう言って、追加の駒を地図上に一つ載せた。地図に描かれた、俺たちの進行ルートに並行している大型河川。その真上にだ。
「今回の作戦において、海蛇之尾……ネルランドの『蛇』の協力を得られましたわ。『蛇』について、説明は必要かしら?」
確認するが、三人、加えてフラウも首を横に振った。
なので俺は、先ほど置いた『蛇』を表す駒を、河川に沿って移動させていく。
「その『蛇』には、河川を使って、わたくしたちの補給物資の運搬と護衛をしていただきます」
なので、この場にはカタリナとリリーナがいない。
この作戦は二人には既に伝えてあり、今頃はネルランド領から、大急ぎで愛機を運んでいる真っ最中だろう。
リリーナがカタリナと共に向かうのは、カタリナ一人だけでは、休むことすら出来なくなるからだ。
海蛇之尾には長期作戦用に、機体内部には休憩スペース兼仮眠部屋、さらにはトイレまでもが取り付けられているとの話だ。二人乗りではないが、そのスペースを使えば、リリーナが同乗する分には何も不便がない。
さらに、地図の上、三ヶ所に、俺は大きく丸を描いた。どの丸も、俺たちの移動ルートの近くにあるものだ。
「加えて、今回の作戦では移動と同時に、敵基地を叩く必要があります。挟撃されてはたまったものではありませんもの」
なお、この基地のある場所については、フラウに提供してもらった。
さすがに、他国の基地の場所までは正確に把握出来ていない。衛星写真なんて手に入れようがないし。
そもそも、この地図だって現代のように正確なものではなく、中世よろしくかなり大雑把なものだ。
「そりゃ道理っすね」
「ついでに弾薬や食料も奪えればいいんですが、食料はともかく、弾薬は規格が合わないでしょうね」
「気持ちは分かりますが、死体漁りをしている暇はありませんわ。国境の部隊がいつ持ちこたえられなくなるか分かりません。基地機能を停止させたら、即座に次へと移動しますわ」
作戦の概要は、こんなもんだろう。
「あとは、それぞれの役割を決めておきます。零式獅子の運用コンセプト通り、レオニスさんが前衛、ヴァイト様が後衛、グレイ様が遊撃の1チーム」
こちらは迷うまでもない。それに、同型換装機は同じチームで使ってナンボというものだろう。リギアとチームを組めないグレイは不服だろうが、そこは我慢してほしい。
「わたくしたちは、リギア様が前衛、わたくしが後衛、フラウは遊撃を担当いたします。アリスには対艦隊戦に備える必要がありますので、通常の対騎乗士戦では、周辺の警戒にあたっていただきますわ」
そう言って、俺は全員の顔を見渡した。
「ほかに何か、確認しておきたいことはございますか?」
改めてそう訊くが、誰からも意見は出なかった。
さて、俺たちの数はちょうど七人だ。なので『鋼鉄の』と嘯きたいが、こっちは作戦の危険性も、失敗したときの被害も段違いに軽い。残念だが、この名前を使うのは別の機会に取っておこう。
だから、今俺が言うべきは、
「作戦名、『獅子之尾』。獅子の尾を踏んだ愚か者の末路を、歴史に刻んで差し上げましょう」




