05:明けましておめでとうの先のこと
さざ波のようにそこかしこであいさつが交わされている。
遠くで、Tシャツに黒い革ジャンの若い男が「ハッピーニューイヤー!」と素っ頓狂な声で叫ぶ。彼の周りで笑いが起きた。
「ああいう人って、年がら年中めでたそうだな……Tシャツ、寒くないのかな」
巧弥が呆れたように呟き、小さく身震いする。
美結はバッグの中身のことを思い出し、慌てて肩から下ろした。
「そうだ。あの、これ……渡せなかったから持って来た」
「なに……」
困惑する巧弥に構わず、美結はバッグの中で赤と緑の包装紙を破いた。
「今更メリークリスマスでもないからさ――でも巧弥の分って思って買ったから、受け取ってもらえると嬉しい」
取り出したのは、真紅のマフラーだった。
ふわふわした紅色の塊を巧弥に押し付けるように渡す。巧弥の顔が、寒さと驚きと感動でより一層紅潮した。
「勝負時には赤いものを身に着けるって言ってたでしょ。あたし、お守りとか鉛筆とか考えたんだけど、お守りはクリスマスっぽくないし、鉛筆は好みもあるかもだから、じゃあマフラーかなって。巧弥がマフラー買い替えたいって言ってたの思い出してさ」
大好きなおばあちゃんのために頑張る巧弥の一番の勝負時を、大好きなおばあちゃんから聞いたゲン担ぎで応援できたら……そう考えて選んだものだった。
「あ、でも俺、今日何も持って来てない」
マフラーを巻いてもらった巧弥は慌てて首を振る。
「いいの。もうクリスマスじゃないし――あ、受験生に渡すお守りみたいなもんだと思って。あたしの守りじゃ弱いかも知れないけど」
「そんなことない!」
さっきよりも強く巧弥は首を横に振る。近くの数人が驚いたように振り向いた。
「だって巧弥は……」別れたいんでしょとは続けられずに美結は唇を噛む。
後ろから押されるようにまた数歩進む。もう拝殿の階段は目の前だった。
無言のまま、二人は並んで参拝した。
美結は自分ではなく巧弥のことを一心に願った。巧弥の受験が上手く行きますように――彼の夢が叶いますように。
ふう、と息をついて顔を上げると、巧弥が美結を見つめていた。
後ろから咳払いが聞こえ、次の参拝客に場所を譲る。
美結のおみくじは中吉だった。
巧弥は自分のおみくじを眺めながら呟く。
「俺がさ。弱いから……模試が良くなかった時とか諦めそうな時とか、美結になぐさめてもらいたいって考えちゃうから」
美結は巧弥の横顔を見つめた。
「カッコ悪いだろそういうの。これじゃ駄目だって思うけど、甘えたくなるんだ」
「甘えてくれればいいじゃん」
「でも美結だって短大の試験があるじゃないか。筆記は余裕だからあとは面接って言ったって、やっぱり準備は大切だよ。俺に引きずられることはないんだ」
「そんな理由なの?」
「怒ってるのか?」
「当り前じゃん! そんなんでいちいち別れてたらこの先何回別れればいいの? 大学だけじゃないんだよ。就職だってあるし、ひょっとしたら転職とかも」
「……そこまで考えてなかった」
「なんでよ!」
「一回別れたら、もうおしまいかと思って……」
「何言ってんの?」
「ごめん……」
巧弥は困惑した表情のまま、美結を見つめる。
「あのさ」と言ってから、美結は息を吸い込んだ。
「明けましておめでとうございます」
頭を下げる美結を不思議そうな表情で見てから、巧弥もそれにならった。
「明けましておめでとうございます……?」
「うん、それからね」と、美結は顔を上げる。
「今年もよろしくお願いします――今年だけじゃなくて、これからも、ずっと」
巧弥はぽかんとしたまま美結を見つめ、それから泣き笑いのような顔になった。