表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

05:明けましておめでとうの先のこと

 さざ波のようにそこかしこであいさつが交わされている。

 遠くで、Tシャツに黒い革ジャンの若い男が「ハッピーニューイヤー!」と素っ頓狂な声で叫ぶ。彼の周りで笑いが起きた。

「ああいう人って、年がら年中めでたそうだな……Tシャツ、寒くないのかな」

 巧弥が呆れたように呟き、小さく身震いする。


 美結はバッグの中身のことを思い出し、慌てて肩から下ろした。

「そうだ。あの、これ……渡せなかったから持って来た」

「なに……」

 困惑する巧弥に構わず、美結はバッグの中で赤と緑の包装紙を破いた。

「今更メリークリスマスでもないからさ――でも巧弥の分って思って買ったから、受け取ってもらえると嬉しい」


 取り出したのは、真紅のマフラーだった。

 ふわふわした紅色の塊を巧弥に押し付けるように渡す。巧弥の顔が、寒さと驚きと感動でより一層紅潮した。

「勝負時には赤いものを身に着けるって言ってたでしょ。あたし、お守りとか鉛筆とか考えたんだけど、お守りはクリスマスっぽくないし、鉛筆は好みもあるかもだから、じゃあマフラーかなって。巧弥がマフラー買い替えたいって言ってたの思い出してさ」


 大好きなおばあちゃんのために頑張る巧弥の一番の勝負時を、大好きなおばあちゃんから聞いたゲン担ぎで応援できたら……そう考えて選んだものだった。

「あ、でも俺、今日何も持って来てない」

 マフラーを巻いてもらった巧弥は慌てて首を振る。

「いいの。もうクリスマスじゃないし――あ、受験生に渡すお守りみたいなもんだと思って。あたしの守りじゃ弱いかも知れないけど」


「そんなことない!」

 さっきよりも強く巧弥は首を横に振る。近くの数人が驚いたように振り向いた。

「だって巧弥は……」別れたいんでしょとは続けられずに美結は唇を噛む。

 後ろから押されるようにまた数歩進む。もう拝殿の階段は目の前だった。


 無言のまま、二人は並んで参拝した。

 美結は自分ではなく巧弥のことを一心に願った。巧弥の受験が上手く行きますように――彼の夢が叶いますように。

 ふう、と息をついて顔を上げると、巧弥が美結を見つめていた。

 後ろから咳払いが聞こえ、次の参拝客に場所を譲る。


 美結のおみくじは中吉だった。

 巧弥は自分のおみくじを眺めながら呟く。

「俺がさ。弱いから……模試が良くなかった時とか諦めそうな時とか、美結になぐさめてもらいたいって考えちゃうから」

 美結は巧弥の横顔を見つめた。

「カッコ悪いだろそういうの。これじゃ駄目だって思うけど、甘えたくなるんだ」


「甘えてくれればいいじゃん」

「でも美結だって短大の試験があるじゃないか。筆記は余裕だからあとは面接って言ったって、やっぱり準備は大切だよ。俺に引きずられることはないんだ」

「そんな理由なの?」

「怒ってるのか?」

「当り前じゃん! そんなんでいちいち別れてたらこの先何回別れればいいの? 大学だけじゃないんだよ。就職だってあるし、ひょっとしたら転職とかも」


「……そこまで考えてなかった」

「なんでよ!」

「一回別れたら、もうおしまいかと思って……」

「何言ってんの?」

「ごめん……」

 巧弥は困惑した表情のまま、美結を見つめる。


「あのさ」と言ってから、美結は息を吸い込んだ。

「明けましておめでとうございます」

 頭を下げる美結を不思議そうな表情で見てから、巧弥もそれにならった。

「明けましておめでとうございます……?」

「うん、それからね」と、美結は顔を上げる。

「今年もよろしくお願いします――今年だけじゃなくて、これからも、ずっと」


 巧弥はぽかんとしたまま美結を見つめ、それから泣き笑いのような顔になった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ