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事案指定 第37号「定数村」(其の四)

【内閣官房 第七準備室 事案記録抜粋】

事案指定:第37号「定数村」

発生地域:西部山間部・夜刀村


十一月十日、二十二時五十分。

夜刀村へ通じる唯一の林道を、ライトを完全に消した三台の偽装バンが、

獣のように這う速度で進んでいた。

窓ガラスを黒く塗りつぶした車内には、エンジンの低い駆動音以外の音は一切存在しない。

第七準備室保安執行班の分隊長は、手首のタクティカルウォッチで時刻を確認すると、

暗視ゴーグルを下ろし、短く無機質なハンドサインを送った。

それを合図に、黒い防護服とタクティカルギアに身を包んだ十数名の隊員たちが、

一斉に手元の武装の最終確認に入る。

青白い火花とオゾンの焦げる匂いを散らす、大出力電磁警棒(スタンバトン)の通電テスト。

続いて、サプレッサーを装着したアサルトライフルのボルトが引かれる、

冷たく重い金属音が車内に連鎖した。装填されるのは人間を殺傷するための鉛玉ではない。

物理法則を逸脱した事象の顕現に対し、

着弾時の物理的干渉によって空間の歪みを強制的に減衰・遅延させるための特殊弾頭だ。

彼らは過剰なほどの暴力と重武装をその身に纏いながらも、一切の感情や高揚を見せない。

ただ、規定のプロトコルに従って事務的な制圧の準備を整えていた。


二十三時ちょうど。林道の最も標高が高い崖際。

吐く息が白く凍る冷気の中、村長と数人の役員たちが、

内偵要員をガードレールの途切れた崖の縁へと誘導していた。眼下には完全な闇が広がっている。


「すまないね。村の維持費のために、あんたにはここで落ちてもらう。

今年はどうしても予算の帳尻が合わなくてね」


オカルト的な呪文も、感情的な殺意もない。村長はただ、公共事業の書類にハンコを押すような、

極めて事務的な手つきで要員の背中を押そうと手を伸ばした。


警告は一切なかった。

暗闇と同化した保安執行班が、枯れ葉の音ひとつ立てずに役員たちの背後へ展開する。

放たれた電磁警棒が村長の首筋を正確に打ち据え、肉が焼ける音と鈍い痙攣と共に、

その巨体がアスファルトへ崩れ落ちる。

周囲の茂みで松明や刃物を手に待機していた他の村人たちが異常を察知し、一斉に群がってきた。


「何をする!」


「定数が! 定数を合わせないと村が!」


錯乱した叫び声と殺意が林道に響き渡るが、分隊長は無線機から一切の視線を外さない。

アルファ班の制圧は、徹底した「作業」だった。銃は決して人間に向けない。

無言で踏み込み、警棒で的確に膝や肘の関節を打ち砕いて無力化し

、地に伏せた者から順番に太い拘束バンドで手首と足首を縛り上げていく。骨の折れる鈍い音と、

プラスチックの拘束具が締まる擦過音だけが、無機質に連鎖していく。


その時だった。

内偵要員が保護され、定数一五〇を満たすための「計算外の生贄」が物理的に破綻した瞬間。

村全体を覆っていた空間の底から、巨大なガラスを引っ掻くような、

耳の奥を直接削り取る異音が鳴り響いた。

崖下の闇の底で、極端な温度低下が発生する。アスファルトの表面が一瞬にして白く凍りつき、

周囲の空気が急速に奪われていく。本来であれば供物を喰らうはずだった『土着の何か』が、

定数を絶たれたことで暴走し、

不可視の特異点――光すらも歪めるブラックホールのような空間の陥没となって顕現した。

凄まじい引力だった。周囲の杉の巨木が根こそぎ引き剥がされ、

宙を舞って見えない穴へと吸い込まれていく。遠くに見える村の家屋が、

屋根瓦から土台に至るまでメリメリと音を立てて解体され、漆黒の歪みの中へ次々と消滅していく。


「対象の確保完了。事象の自壊および、対象地域に空間崩壊が発生」


分隊長は、足元の地面が軋みを上げ始める中、無線で淡々と報告しながら指示を飛ばした。


「マニュアル第四項へ移行。事象の中心部へ制圧射撃。崩壊を遅延させろ。五秒稼ぐ」


命令を受けた数名の隊員が、一歩も引かずにアサルトライフルを構え、

這い上がってくる空間の歪みの「核」へ向けて、サプレッサー越しの乾いた銃撃を立て続けに見舞う。

放たれた特殊弾頭が虚無の境界に命中するたび、空間の陥没がほんのコンマ数秒だけ停止し、

泥沼のように歪んで弾ける。その無機質な遅延工作の間に、林道を完全封鎖していた後続部隊から、

窓を鉄格子で覆った巨大な偽装輸送バスが三台、無灯火のまま崖際へ滑り込んできた。

隊員たちは、這いずる村人百四十九名と内偵要員を、

まるで重い土嚢を扱うように次々とバスの車内へ放り込んでいく。


「全対象者の積載完了。これより事象を放置し、撤収する」


分隊長が最後にバスへ乗り込むと同時に、制圧射撃が完全に停止される。

大型ディーゼルエンジンが咆哮を上げ、

三台のバスがタイヤを軋ませて夜の山道を一気に駆け下りていく。

バスがコーナーを曲がった直後。抑制を解かれた特異点が一気に膨張し、

夜刀村という集落が存在した空間そのものを、地形ごと完全に削り取り、

巨大な虚無のクレーターへと変えていった。


回収された百四十九名の村人に対する事後処理は迅速に行われた。

本庁の医療班によって記憶消去プロトコルが適用され、

彼らは「移住支援金を狙った詐欺集団」としての偽の記憶を植え付けられた上で

表の警察機関へ引き渡された。

しかし、情報統制局によるデータ精査の過程で、事案の真の輪郭が浮上する。

過去四十年間に夜刀村から流出していた、三十三名の出身者。

彼らの足跡をシステムで遡及抽出した結果、全員が全国各地の県庁やNPO法人の「移住相談窓口」に、

一般の行政職員として潜伏していることが判明した。

さらに、その三十三名全員のデータベースの深層に、

『白百合共済会』という謎の福祉団体への所属履歴が暗号化されて残されていた。

宗教法人ではない。一見するとただの互助組織を装った無害な名称。

彼らはこの団体の強固なネットワークを利用し、全国の行政システムに寄生して

「身寄りのない若者」を意図的に抽出し、夜刀村へ供物として送り込み続けていたのだ。

村人たちは、この巨大なシステムが供給する餌を処理させられていた末端の機構に過ぎなかった。


本庁は直ちに広域追跡プロトコルを発動。武装した別働隊が、

全国三十三箇所の自治体窓口および関連施設へと同時突入を敢行した。

だが、確保人員はゼロだった。

踏み込んだ先のデスクはすべて空であり、

彼らが使用していた支給端末のデータは物理的に破壊されていた。

人事システム上には、夜刀村が空間ごと消失した翌朝の日付で、

三十三名全員の退職届だけが事務的に残されていた。

国家インフラの盲点に寄生する巨大な土着の狂気は、未だシステムの死角へ散逸したままである。

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