第三話 人のいない町
(これは……夢?)
目の前で起きていることが理解できず、私はしばらくの間、空っぽの教室を見ながら立ち尽くしていた。
時計は進んでいる。照明もついたまま。
それなのに、人だけがすっと抜かれたようにいなくなったのだ。
机や椅子は雑然としたままで、開けられたままのランドセルが置きっぱなしになっており、黒板の字は消されかけたまま、黒板消しが床に落ちていた。
地面に落ちている咲良と美月のランドセルが視界に入り、私は身体の芯から震えあがった。
右手で左腕を掴み、震えを抑えようとしても止められなかった。
(……誰か)
隣のクラスも、その隣のクラスも…………
職員室にも昇降口にも、誰もいない。
学校の外に出た後も、人はいなかった。
静かに信号機だけが点滅していた。
走る車の姿も見えない。
町を見る瞳には少しずつ涙が滲み、ポロリと地面にこぼれた。
鼻をすすると、静まりかえった町にやけにうるさく響く。
……人だけじゃないんだ。鳥も虫もすべての生物が消えてしまったんだ。
(……お母さんは…………)
お母さんは大丈夫だろうか。
私は走って家へ向かった。
なるべく町の姿は見ないように、ただただ必死に手足を動かした。苦しくても、その苦しさがこの恐怖を消してくれると信じ、ひたすら走った。
ーー
家のドアの前で、荒れた呼吸を整える。ふうっと深呼吸をすると、ふわっとシチューの香りがした。
「今日の昼ごはん、お姉ちゃんの好きなシチューにするって言ってたよ」
そういえば、学校の廊下ですれ違った、妹の未希が言っていたんだ。
「……お母さん?」
微かな希望を持ち、声を発したが、返事はなかった。
キッチンにはスリッパが母の歩幅のまま置かれていた。
冷蔵庫から牛乳が出されたままになり、シチューはまだ湯気を漂わせていた。
確かにここにいたはずなんだ。それなのに……
「……みんな………どこにいっちゃったの……」
みんながどこかに行ってしまったのか、それとも私がおかしくなってしまったのか。
その時、コン、と小さく音がした。
私のリボンについていたストーンが落ちたのだ。
リビングのフローリングにかけらの半分が見えた。
私はそれを拾ってぎゅっと握りしめた。
割れ口が手に食い込み、少し痛い。
私はソファーにうずくまった。
ーー
「お姉ちゃん、一緒寝ようよ」
ある日のこと。
パジャマを着た未希が、私の部屋の前で不安そうな顔してのぞいていた。
「仕方ないなぁ……いいよ。」
私は困ったように笑って、未希を同じ布団に入れてあげた。
「ねぇ、3年後の7月、本当に地球最後の日がくるのかな?」
「そんなの、ただのデマだよ。大丈夫。」
「でも隕石が落ちてきて、みんな死んじゃうって……」
声を震わせる未希をそっと抱き寄せた。
「平気だよ。みんな一緒なら、怖くないよ。」
みんな一緒なら、死ぬのも一緒なら、怖くないと思った。
「みんな…一人にしないでよ…」
今日が未希の言っていた地球最後の日なのだろうか。
想像以上に、ずっと不気味だ。
ーー
目を覚ますと、辺りは既に暗くなっていた。
頬は涙で濡れていた。
涙を拭き、ソファーから起き上がる。
視界に一点の光が見えた。
やがて、黒い輪郭が見えだす。
ぼうっとそれを見ていると、それが人であること気づいた。
身体が硬直した。
父でも母でもない。未希でもない。見知らぬ少年だった。
冷たい顔で、私を見下ろしている。
黒いツナギのような服に、短髪の髪で、左耳には小さなピアスを付けていた。
叫び声さえも発せられなかった。
「……生き残り…………」
彼は小さく呟き、ふっと姿を消した。
そして、冷たい手が私の口を塞いだ。




