キキョウ:その後どうする
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バタバタと人が死んだ時、羨ましいと思った。
後方で治療を行う自分は、常に見送る側だ。パンデミックの時は酷かった。治療しなければ死ぬ。死んだらゾンビになる。
突然ゾンビになった患者に襲われた奴もいた。
どんどん数の減っていく街の市民は、いつしか半分を切っていた。
治す人すら居ないなら、医者の必要は無い。
いつから、メガネをかけてただろうか。知らないうちに目も悪くなってしまった。
いつから、タバコなんて吸ってただろうか。
いつから、死にたいなんて思っただろうか。
『あのー?』
何を願うでもなく、ぼーっと外を見ていた時、若い女に声をかけられた。
中型の無骨なトラックに乗ったそいつは、荷台から箱を担いで下ろす。
『これ!是非使ってください!』
箱の中には、医療品や保存食が積められている。
『何故、こんな物を?』
『誰も居ない町に遺されていたので、使える人の為に取っておきました!』
彼女の足元は、泥だらけになっている。同じように見える自分の靴に誰かの血がついている事にようやく気づいた。
まじまじと彼女の顔を見る。瞳の奥の濁りに気づいたのは、医者だったからか。
『では!』
『おい、お前』
『あ、はい?』
言うべきか一瞬躊躇った。人1人を根気強く治療する程、今の社会は豊かでは無い。知らない方がいい事も沢山ある。
『…目、ちゃんと見えてるか?』
『えぇ!な、なんでわかったんですか!?』
『…待ってろ』
『あ!大丈夫…その、これくらいが丁度いいから』
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暗闇を恐れる気持ちは、今の自分には無い。なにかに襲われるのなら、それもまたよしとしているからだ。
頭の中で思い出される映像が、暗闇に浮かんでは横目で流れていく気がした。
カリンの目は、あの時の違和感とは違う。
暗闇をぐんぐんと進んで、地下空間の出口に辿り着いた。
「出口を知っていた訳では無いだろ?」
「はい。こっちから空気の流れが見えたので」
カリンが普通では無くなったのは、指の時からそうだろう。
階段を上がり、ハシゴを登る。久しぶりの地上は、相変わらず灰色の空だ。マリーの動揺も、この頃には落ち着いていた。
辺りには、ケラ喰いと虫の死骸が散乱している。銃で撃たれた跡があるから、兵士が戦った後だろう。
少し息の上がったマリーを無視して、カリンが歩き出す。
「おい」
「あ、はい」
「急いでるのは分かる。でも待って」
「…でも」
言いかけるカリンを無視して、汚れた瓦礫に腰を下ろす。
ガスマスクを外す。最悪な匂いがする。ずっとこの空気を吸えば、死ねるだろうか。
くしゃくしゃのタバコを取り出して火をつける。
「…リズを助けるんですよね!?」
リズ。そうだ、リズを助けるんだ。それがあるべき姿だと。
自分は、リズに跡を継いでもらいたい。リズならば、自分と同じくらい人を救える。
そうしたら自分は、やっと死ねる。
「カリン。リズを助けた後、どうするんだ?」
「…はぁ?」
「いや、ふと思っただけだ。そういやあいつも、その後どうするなんて、言ってなかったな」
「…なんの話ですか?」
「カリン。止血剤を渡しておく」
タバコを咥えたままポケットから注射を取り出してカリンに向けるが、受け取ろうとしない。
「来ないんですか?」
「お前と歩くの、案外楽しかったんだ」
あの旅路が楽しかったと、どうして今更思うんだろうか。
自分は、本当に死にたいんだろうか。
なぁ、ヒマワリ。お前はあの夢を叶えた後、どうするつもりだったんだ?
「…キキョウ?」
マリーがこちらを覗いている。
「カリン。先に行ってくれ」
「……」
「やり残した事がある。後から追いつく」
「リズを助けるよりも、大事なことなんですか?」
止血剤をカリンに押し付けて、煙を吐く。
「大事な事じゃ無い。極めて個人的なものだ」
止血剤を受け取ったカリンは、背を向けて歩き出した。マリーは交互に見ながら立ち止まっている。
「ねぇ、なんで行かないの?」
「…ずっと、死にたかったんだ」
「知ってるよ」
「…知ってるのか?」
「うん。私も、ずっとそうだもん。やり残したことって?」
「…あいつらと、仲直りしてからじゃないと死ねない。喧嘩したままじゃ終われない」
勝手な大人だ。遠ざかるカリンの背中を、じっと見つめるだけ。
次のタバコを取り出す。
「お前の分も謝っておくよ。だからカリンの方に行ってください」
「いらないよ。自分で謝るから」
それだけ言い残して、マリーは走り出す。大きく息を吐いて、灰色の空を見上げる。
自分の言葉がぐちゃぐちゃな事に違和感しかない。
それくらい、自分でも何がしたいのか分からない。
どれくらいボーッとしていただろうか。責任から逃げたい自分が、背中を引っ張る。
胞子で眼鏡が曇る。外したが拭く気力は無い。
やっぱり、カリン達を追うべきだ。そう思って顔を上げると、犬が居た。
「あぁ、気が付いたか」
無機質な機械音声が柔らかく感じる。横にいるのは、ルンクとヴィンと言ったな。
あまり関わりは無かったが、顔は覚えている。
「君一人だけかい?」
「…そうだな」
中性顔の方が乗り出してくる。
「あれ?カリンはどこに行ったんだ?」
「先に行った。情けない事に自分は、エゴを優先しようとして立ち止まったんだ。ジニア達は見てないか?」
「見ていないね。聞いたところによれば、南の方の海に向かってるそうだよ」
背の高い方は、黙々と絵を描いている。紙を破いて渡してきた。地図のようだ。
「…これ、あげる」
「…ありがとう」
随分と精巧な地図だ。ここまでの道のりに加え、旧ボーダーラインの外側も細かく書かれている。
中性顔の方が笑う。
「まぁ、カリンは俺らに任せて、あんたはあんたのやりたいことをやりに行けよ!それにカリンやリズはすげぇ奴だからさ、きっと上手くいくさ」
「…そうだな。頼んでいいか?…君がルンクか?」
「おう!あんたは?」
「キキョウだ」
差し出されたてを握って立ち上がる。




