馬鹿野郎
身体の小さなソハルが、自分よりも大きい虫の脚を回しながら引き抜く。
簡単に殺してきたから見て見ぬふりをしていたが、この虫はやはりキモイ。
「頭が無いので、剥がしやすいです」
ソハルは淡々と説明しながら、腹の甲殻の隙間に貸した斧を突き立て剥がす。白っぽい肉が出てくる。
「外面を剥がせば、案外食えそうな見た目だな」
昔何かの雑学で、虫は骨の代わりが甲殻なのだと聞いたことがあるが、こいつも中に骨は入って居ないようだ。
代わりの外骨格である甲殻は、分厚く断面には穴が空いている。
肉の真ん中辺りを横に切り分け、腹側に縦に切込みを入れて少し開く。
内臓と思われる器官を取り除いていく。
こう見ると、随分と簡略化された獣の解体にも思える。取り出した肉の部分を細かくして、鍋に入れる。
「脚の部分は食べないのか?」
「筋張っているので食べないと教わっています」
一体だけで十分取れた。残りの虫はタネがそのまま食べるだろう。
ガスコンロに火をつける。鍋で虫肉を焼く。少し土臭い気もするが、焼き色が付いてくるとそれも薄くなっていく。
缶詰を開けてトマトを入れる。水を加えて煮込む。
「もうすぐ完成します」
「じゃあ、2人を見てくるよ」
ソハルの護衛をタネに任せて、ジニアが寝ている場所に向かう為立ち上がる。
動くものの気配を捉えて斧を構える。戸惑う僕に、そいつが声をかけてくる。
「もっと大勢居たと思いましたが、子供1人だけですか?」
「…キキョウ、カリン達はどうした?」
「見捨てました」
止血がイマイチだったジニアを、キキョウが手際よく治療する。
それを見つめながら、頭の中ではカリンやマリーに対する心配でいっぱいだ。
「完全な治療は無理です。ミナトさんの仮説が正しいのなら、完全に治るまでは、この部屋から出ない方がいいでしょうね」
「…助かる」
「いいえ」
ぎこちない雰囲気だ。そこにソハルとタネが来る。
「出来ましたけど…」
「あぁ、そうだった」
ジニアはここから出ない方がいい。鍋を部屋の前まで運び、虫肉のシチューを器に注いで、部屋に持っていく。
「では、いただきます」
「……」
お腹が空くのは仕方ない。匂いを嗅いでいたら余計にだ。早速掬って食べる。
トマト味の虫も悪くない。タネとソハルは普通に食べるが、やはり他の3人は躊躇っている。
「虫、何だよな?」
「そうだよ」
「…まぁ、そうだよなぁ」
先に口を付けたのはキキョウだ。そのまま黙々と食べ進める。
その次に2人も口に運ぶ。そこからは全員黙って食べた。
コミュニティが燃えてからバタバタしていたから、食べ物が体に染みる感じがする。
そういえば、コミュニティは今どうなっているだろうか。やる事が片付いたら、戻って物を取りに行くべきだと思った。
「…2人とも、申し訳なかった」
食べ終えたキキョウが器を置いてボソリと呟く。ジニアはぽかんとした顔をした後、小さく吹き出した。
「いや…さっき、ベゴニアとキキョウの話をしていたからな」
ジニアは痛むであろう身体を伸ばし、キキョウに向き直る。
「俺の方こそ、ごめん。わがままを言った」
ジニアが頭を下げるので、僕も一緒に頭を下げる。
他の人が見てる中だと、なんだかこそばゆい。
「…カリンとマリーは、恐らく外縁30km程で離れました。恐らく今は、ルンクさんと一緒かと」
「もうそんな所まで行ったのか」
「なんで、戻ってきたんだ?」
「どうせ死ぬなら、1番役に立てそうな所に行くべきかと。道中死ななかったのは残念ですが」
ここまで歩いてきたキキョウから、旧市街について、色々現状を聞いた。
暁鐘者は、現在そこまで数は居ない事。虫が中央に向かって進んでいる事。ケラ喰いの数が減っている事。ボーダーラインは現在完全に境目が無くなっており、空を覆う灰色は、恐らくは胞子と硝煙である事。
「黒船の部隊と遭遇しましたが、現在撤退準備を行っているそうです。これ以上は損失が大きいと判断したとか」
黙って聞く僕とジニア。ミナトが紙にメモを取っている。
「それと…」
キキョウがこちらを向く。
「カリンですが、やや暴走気味です。視力もそうですが、例の指を失って行う異能を使うのに、彼は躊躇いがありません」
唾を飲み込む。大の大人が、有耶無耶にして弟子から離れたことを後悔する。
「…何本使った?」
「僕と離れた時点で、左指は後3本です」
キキョウに怒る気にはならない。僕だって、個人的な理由で奥に行きたいと言い、かと思えば大人の責任だからとカリン達が行きたがるのを止めた。
正直なところ、どうしたらいいかなんて今も分からない。
もしもあの時。なんて、5年前から変わらない。
「ベゴニア。お前とタネなら、そこまで行くのに死ぬ事はないだろう?」
「…まぁ」
「助けに行ってやれよ。本隊合流後は、俺らだけでも何とかなるだろう」
ジニアの発言に、ミナトが口を割る。
「ジニア。あなたはここからまだ出ちゃダメなんですよ?」
「俺よりも、まだ未来のあるカリンの方が大事だ」
「まぁ、男の中ではジニアが1番若いですが」
キキョウの茶化しに、ジニアがソハルの頭を撫でる。
「いいや、ソハルも立派な男だ」
「…ありがとうこざいます」
外から足音が響く。大勢の人間の足音だ。恐らくは本隊だろう。
扉が開かれ、シライシが立っている。ジニアを見て、ほっと一息付いた。
「…ここ、色んな匂いが混ざって臭いですよ」
「あぁ、換気は出来ないからな」
シライシの後ろから、ユウトが顔を出した。焦っているのが見て取れる。
「厄介なことになった。撤退準備を進めている船の近くで、終末種が出た。あまり時間はかけられない」




