カリン:理想
大人はみんな薄情だ、結局頼りにならない。いつもそうだ。
リズを助けられるのは僕だけだ。ユユを殺して、リズを助けたら、どこか遠い所で二人だけで暮らすんだ。
ガスマスクはもう要らない。白灰色の空気の街を東に歩く。
ママと呼ばれてたケラ喰いが居たのが奥ならば、きっとユユはそこに向かう。
何となくだけど、そんな気がしている。
誰も付いてこなかった。キキョウさんもマリーさんも、師匠も。
ケラ喰いだ。4本個体が一体。目の前で虫を食べてる。
散らばったドローンの残骸や、ケラ喰いの怪我。争った後だと思う。
目が合ったそいつが立ち上がり、おぼつかない足取りでこちらに近づいてくる。
背中に提げたメイスを外して、右手に持つ。
数秒の睨み合いの末、ケラ喰いが飛びかかってくる。
先に間合いに入ったしっぽをたたき落として構える。
詰めてきたケラ喰いにメイスを突き出すと、背部腕がメイスを掴んだ。
それに合わせてメイスを捻る。空中に居るケラ喰いは体を回す。
横の壁にぶつけるつもりで振るが、ケラ喰いがメイスから手を離した。
しっぽの軌道がこちらに迫っているのを、胞子の流れで感じ取り躱す。
戦えている。これまで、ただ受け切るしか出来ず吹き飛ばされていた自分が嘘のようだ。
もしかして師匠も、胞子の流れが見えているんだろうか。
そんな余計な事が頭に浮かんで掻き消す。
僕に勝てないと思っているのか、ケラ喰いは睨みながら距離を保っている。
師匠は僕を見てくれなかったじゃないか。あの人は結局、ヒマワリさんという人物ばかり追いかけていた。
少し悲しい目をしたハヅキさんを思い出す。
一体どういうつもりで、ハヅキさんと一緒に居たのだろう。
怒りを表すように、1歩前に出る。ケラ喰いが1歩下がる。
「お前も、リズを狙っているのか?」
ケラ喰いは何も言わない。裂けた口から歯を見せ付て、変わらず僕を睨む。
「みんな酷い人だ。だから僕が全部壊す。ケラ喰いを全て殺して、リズと二人だけで生きる。そう決めたんだ」
返事は無い。必要ない。これは僕の理想だから、こいつには関係ない。
今度は僕が飛びかかる。警戒してるケラ喰いのしっぽが迫るが、左手で掴む。
2本無いからなかなか力が入らない。それでも一瞬動きが止まればそれでいい。
振り下ろしたメイスをケラ喰いが背部腕で掴む。メイスから手を離してケラ喰いの左目に右手の指を突き立てる。
柔らかい感触と共に血が出る。鳴き声をあげて暴れるケラ喰いがメイスを手放して腕としっぽを振り回す。
僅かな胞子の動きが、暴れるケラ喰いの動きを教えてくれる。
足でメイスを引っ掛けて手に持つ。ケラ喰いの残った右目と目が合ったのは一瞬だ。
頭に叩きつけたメイスで、ケラ喰いの頭が歪む。背を向けて逃げようとするケラ喰いの脚を掴んで、また振り下ろす。
動かなくなった死体を見下ろす。達成感があった。
こちらを観察している別のケラ喰いが少し離れた位置に居るのが分かる。
よく見たら、服を着ていた。
そのケラ喰いと目が合った時、そいつが物陰に消える。
追いかけてみたが、そこにはもう居なかった。
辺りを探してみるが、服を着たケラ喰いは居ない。急に疲れが身体を蝕む。肩が重い。大きく息を吐いて整えようとする。
ボロボロの建物の中で、虫の抜け殻を見つけた。以前ケラ喰いが巣にしていたのと同じだ。
中を覗くが住民は居ない。子供用のおもちゃが数個入っている。
「…くだらない」
おもちゃを全て外に投げ捨てる。人ひとりが入れるそこに、妙な安心感があった。
虫の抜け殻に片足ずつ入れて、中に入ってみる。足は伸ばせないが、丁度斜めになっているその中で仰向けになって無機質な天井を見る。
こんな事をしている場合じゃない。一刻も早くリズを探さないと行けない。
なのに瞼が重くなる。思考がどんどん鈍くなっていくのすら、気付いては頭から離れていく。
‡‡‡
「お兄ちゃん?」
リズが横から覗き込んでくる。不安そうな顔をしている。
「ん?何でもないよ」
「ほんと?」
小さな廃墟の中、ボーッと火を見ている。雨はまだやまない。
少し寒いから、リズと肩をくっ付けて座る。傘を指した人が、道を歩いている。何処に行くんだろう。
笑ってみせる僕を見て、リズも笑う。薄暗い部屋の中だけど、リズの笑顔は温もりを感じた。
「良かった。お兄ちゃんが居なきゃ、私生きていけないもん」
「僕もだよ」
ただ2人見つめ合っては、時折笑うリズに呼応する。火種のパチりと鳴る音と、身体を動かした時になる着崩れの音。横にある小さな呼吸の音。
「ねぇ、リズ」
「何?」
何を言うのか、決まってなかった。ただ横に居るリズを確かめたかった。
「何でもない」
「えー?」
頬を膨らませるリズが、もう一度僕の顔を覗き込む。
知らない誰かの声が聞こえた気がした。
『やはりここはダメか』




