自然浄化
「あぁ、たしかにありましたね。ケラ喰いの」
シライシが大袈裟に手を鳴らす。殺したケラ喰い。ギギの事を鮮明に思い出す。
寿命で死んだケラ喰いは、死体が空気浄化の作用になる。その部屋に1度入ったはずだ。
「ベェさん。場所は覚えてます?」
「あぁ、間に合うか…そもそも、まだ残ってるといいが」
ここ数日で旧市街は劇的に変わっているはずだ。だが今は、賭けに出るしかない。
「ダメだ」
当のジニアが否定する。既に汗をかき始めている。傷の化膿が始まった。
「…市民もいる。ヒマワリの二の舞だ」
ドキリとする。だが、僕はジニアに笑ってみせる。
「そうだな。あの時の失敗を活かそうか」
顔を上げてミナトを見る。青ざめた顔をしていて、自分の発言が見捨てるみたいになった事に気づく。
「少人数でジニアを運ぶ、本隊とは別行動だ。僕とタネとミナトで行く」
「本隊の戦力は、サルビアさんとユウトさんとエヴェリンさん…」
シライシが笑って手を挙げる。
「俺もカウントしてもらっていいですか?」
「そ、そうですね…ごめんなさい。あとシライシさん」
満足そうなシライシを置いて、早速準備に取り掛かる。
ジニアの傷を縛り、口に噛み物を咥えさせておく。
「タネ、慎重に運んでくれ」
タネのしっぽに包まれたジニアが噛み物を咥えながら小さく呟く。
「…気にしなくていい」
「シライシ、説明役を任せる」
「任せてください。はじめてのおつかいですね」
「そういうことだ。後で覚えとけ」
アンカーがあれば、この穴を越えれただろうか。無いものは仕方ない。このアリの巣みたいな穴の最短ルートは何処だろうか。
生き残った少年に声をかける。
「道案内が欲しい。誰か頼めないか?」
1人の少年が手を挙げた。
「…僕が」
「助かるよ。名前は?」
「ソハル」
なんと言う偶然だろうか。ガスマスクで顔が分からなかったが、ソハラの弟だ。
「よし、南西に出る穴まで案内してくれ」
最短ルートで穴から出る。旧市街は相変わらずだが、やはり以前よりも荒廃が進んでいる。
一緒に走ってきたソハルが立ち止まる。
「あの、僕もついて行っていいですか?」
「こっからまだ走るが、ついてこれるか?」
「はい。行きたいです」
「よし」
ミナトとタネとソハルと4人で旧市街を走る。最短ルートだ。道に居る虫を斧で辻斬りする。
重さがあるが、十分だ。むしろ、この方が一撃で殺せる。
走りながらミナトに気になることを聞いてみる。
「そのあの人ってのは、やっぱり死んだのか?」
「はい。私とジニアが、当時働いていた小さな会社の社長でした。胞子というのはその時知らなかったんですが、小舟で海に出て、全身を綺麗にしたそうです」
「身体の中はどうなんだ?それに、それを誰か見てたのか?」
「体内は…お酒のアルコールだそうです。海に浸かって、消毒出来ないかと試してました。小舟に1人、仲間が載っていたので」
傷が化膿するなか、酒を飲んで海に浸かるというのは、激痛だろう。
それでもその社長は、後の人類のために自身の体を使って実験したのだ。
「その経験に、ジニアが生かされるって訳だ。酒も拾わないとな」
「そうですね。それに、旧市街やケラ喰い。色んなこれまでのおかげで、今希望があります」
走りながら、ミナトは少し笑う。僕より小さいソハルだが、遅れることなく並走している。
適当な酒を拾い走る。大体30分程だろう。ジニアはちゃんと意識がある。
「…揺れて酔いそうだった」
「こっから更に酔うぞ」
「聞いていたさ…覚悟は出来てる」
目的の建物の扉を、恐る恐る開けてみる。
そこは更に植物が生い茂り、湿っぽい。あの時と変わらず、ここの部屋の空気は浄化されている。
ソハルが目を輝かせて部屋を見渡す。
急いで入り扉を閉め、ジニアを座らせる。酒のボトルを開けて渡す。
「…これが最後の晩餐かもな。ベゴニアも飲むか?」
「あいにく、運転手なんだ」
ジニアは軽く笑い、酒をチビりと飲む。ミナトが口を挟む。
「もっと大胆に飲んで下さい。意気地無しですか?」
煽るミナトが新鮮で、僕もジニアも目を丸くする。
「そうだな。すまない」
ジニアは笑って、ボトルを勢いよく傾けて喉を鳴らす。
何を話そうか。そんなことを考える。ここはあくまで、ゾンビにならない為の場所だ。死なない訳では無い。
「キキョウが居てくれれば良かったんだがな」
「どうかな?謝れば許して貰えるといいが」
傷の手当は、できる限りやった。化膿部分は削ぎ落としたが、果たしてどうなるか。
ジニアはソハルに目を向ける。少し顔が赤い。
「ソハルと言ったな。ありがとう」
「うん」
「何故付いてきたんだ?」
「この人が、兄ちゃんの恩人だって」
ソハルは僕を指さす。ジニアが笑う。
「ベゴニアに助けて貰ってばかりだな」
「僕もジニアには感謝してるよ」
横にいたタネが、酒を飲むジニアを見つめている。ジニアはそれに気付いて、タネを見る。
「…タネ、初めて会った時、撃ってすまなかった」
タネは首を傾げているが、小さく頷く。
「だいじょぶ」
「そうか」
静かな部屋の中で、着崩れの音と、喉を鳴らす音だけが聞こえる。
ここまでバタバタしていたぶん、この静寂が心地いい。
シライシ達は大丈夫だろうか。カリンはちゃんと進めているだろうか。
そういえば、人の事ばかり考えている気がする。




