止めなかったから
死体が細道に詰められてると聞いて、警戒はしていた。
案の定、死体は動き出した。
「火はあるか?」
「全てを焼けるだけの火は無いです」
手頃なバリケードは作れたが、殺せない以上、ここは放棄するしか無い。
一番厄介なのはパニックになることだ。先ずは避難。その次に対策だ。
かつて暮らした小さな村の誤ちを、僕はやり直す訳にはいかない。
「ベェ、避難はボクがやる」
「頼んだ」
サルビアが声を上げて市民を導く。
みんな満身創痍だ。コミュニティが壊れてから、ここまで動きっぱなしだ。
お腹が鳴った。いつから食べてないだろうか。
ジニアが遅れてやって来る。状況は把握しているらしい。
「避難は?」
「サルビアがやってる」
「意外だな」
「そうかな?」
ここに来るまで、パンデミックはみんなが通ってきた。都市部にしか居ない虫とは違う。
出来ない奴は死んだ。そう思っていたが、やはり少し慌てている人が居る。
「どうするつもりだ?」
「決まってないが…」
音がして、僕は上を見た。
暁鐘者、ドローンが2体飛んできた。ホログラムの顔がこちらを睨む。
市民にとって、このドローンは初めてだ。誰かが騒ぐ、それが伝播する。市民の混乱はもう止められないだろう。逃げる方向は一度捨てるしかない。
「不味いな…確かユウト達は簡単な武装があったぞ」
ジニアが苦い顔をする。僕の頭の中は別の考えでいっぱいだった。
「…あれでいいか」
「…あれ?」
思い立ったらすぐに行動だ。ユウトの所に向かう。
「ユウト、小銃を持っていたな」
「ある…あれに使うのか?」
ユウトが上を見る。暁鐘者はゆっくりとこちらに降りてきているが、まだ気付かれてない。
「座標に使う」
「なるほど、任せる」
弾倉を抜いて弾を取り出す。使えるものは残しておきたい。
確か、あのドローンは火薬に反応していた。
ユウトに小銃を返し、弾倉を持って走る。
「ベゴニア!」
ジニアに呼ばれて振り返る。こちらの意図に気づいたのだろう。
「俺にやらせてくれ」
「…意外だな」
「そうだな」
暁鐘者がこちらに気づいた。アラートを鳴らし始める。
僕は弾倉をジニアに渡した。それ以上の言葉はいらなかった。
ジニアが細穴に向かって走り出す。暁鐘者の機銃が火を噴いた。
「ベェさん!」
シライシがタネを連れて来る。攻撃しようとする2人を僕は止めた。
「待ってくれ」
薬莢が落ちる。機銃の轟音がさらに市民をパニックにする。
「頭を下げろ!その場から動くな!!」
穴の中で散り散りになろうとする市民を、サルビアが必死に統率している。
ジニアが細穴の入口に辿り着いた。その勢いを殺さぬまま、ゾンビの居る横穴に飛び込む。
機銃の掃射が、横穴に降り注いだ。
唾を飲む。弾倉を投げるだけでも良かった。なのにジニアは、そのまま突っ込んだ。
タネがドローンを落とす。小さな爆発が地面に叩きつけられ、機銃の音が止む。
「ジニアさん…!」
シライシが行こうとするのを僕は止めた。責任は僕にある。
さっきまで動いていた死体は、バラバラになっている。
立ち込める腐臭が細穴から漏れる。もう動いている死体はどこにもいない。
人影が細穴から現れる。ジニアだ。
「…少し、死に急ぎすぎた」
「…意外だよ。本当に」
手足は付いていたが、傷だらけだった。
⸻
パンデミックの時を思い出していた。ゾンビの話は、ラジオで聞きかじった程度だった。
いつものように畑を手入れし、ご近所さんと話をした。
知らない土地にやってきた僕の異物感はひどかった。だから地域会や簡単な手伝いで色んな人の所に顔を出していた。
小さな家を借り、趣味の物は実家に置いてきた。
一人で生きたかった。社会に揉まれるのに疲れていた。
田舎に来てやっていたことは、ずっと人のために小さな徳を積むことだった。
それなのに、不思議と楽しいって思った。
最後まで、僕はよそ者だったかもしれない。愛想は良くないし、得体の知れない男だったと思う。
それでも名前を覚えてもらい、ありがとうと言われ、食べ物を貰い、地域の飲み会に呼ばれるようになった。
だから、初めてゾンビになったおばさんの顔は、今でもこびりついている。
それを上書きするように、目の前に立つジニアを見ていた。
ミナトとシライシが駆け寄り、傷の手当をしている。
「……構わなくていい」
ジニアが小さくこぼすが、ミナトは聞き入れない。横穴から引きずり出し、消毒をする。
ざわめきが広がる。
「…ミナトも、あいつと同じになる。やめろ」
ジニアの「あいつ」が誰を指すのか、僕には分からない。だがみんな、そうやって誰かを失ってここまで来た。
「ジニア。あの人の最期を、あなたは見てないでしょ?」
ミナトは真っ直ぐにジニアを見ていた。焦りはない。
「あの人は最期まで、ゾンビになる理由を模索してた。その時にはもう、ゾンビも人間もほとんど居なくなっていたけれど」
シライシが問う。
「つまり、ゾンビにならない条件が?」
「胞子の居ない所に行く」
ミナトは言い切った。まるで知っていたかのように。
「そんな場所ありますかね?」
僕は思わず口を挟んでいた。都市部に胞子が集中しているとはいえ、ゼロの場所なんて聞いたことがない。
「覚えてる?最初のチーム遠征の時、小さな部屋の中で植物の生えていた場所。あそこに行くわ」




