ジニア:教祖
その少年少女が付けているガスマスクは、確かに俺たちが使っていた物だ。
お互いが仲間だと認識するために、通常で拾えるものを敢えて少し形を変えていた。
ベゴニアはここを、宗教の集落と言っていた。
服装から、統一した思想があるのは分かる。
「そのガスマスクは、大人から貰った物か?」
まだ5歳程の少年が首を縦に振る。
「ツユクサって人から貰ったの」
眉をしかめる。定期的に奴の名前が出てくるのは、ひとえに2年も行方を晦ませた奴の暗躍ぶりだろう。
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立ち止まったツユクサが、珍しくバツの悪そうな表情をする。
『俺は行かない』
『…そうか』
『えっ、そうかーなの?』
お通夜状態なのは仕方ない。
唯一喋りがいつも通りなサルビアも、この空気に口を閉じる。
…それ以上、かける言葉は無い。ツユクサ本人も分かっている。
“俺たちは、人を見捨てた”
元より全員、死なば諸共だったはずだ。
こんな世界に意味を見いだせなかったバカタレが、唯一意味を見出そうとした彼女に着いてきたバカタレの旅団。
なのに俺たちは、そんな唯一の彼女を置き去りにして来た。
いや、彼女がそうしろと言った。それを真に受けた。
ツユクサもベゴニアも、マリー本人も口に出さなかった。
負傷者のマリーを抱えて、歩けたヒマワリを置いた理由が分からない。
『…お前らは、どうするつもりだ』
『1度、最後に寄ったコミュニティに戻る。小さな場所だが、何の支援もないよりはマシだ』
『なんで全員諦めてるんだ!負傷者と誰かが帰って、残りでヒマワリを…』
『彼女はもう無理でしたよ』
キキョウがツユクサの言葉を遮る。医者であるのと同時に、一番ヒマワリと長く旅をしていたこいつだ。何か知っているのだろう。
ツユクサの口元こそ分からないが、細かな動きで怒りが見える。
口は悪いが、素行は悪くない。
俺は、こいつが暴力をしないと信じている。
『…そうかい。じゃあな』
ぶっきらぼうに言い放ち、ツユクサは背中を見せて去る。
アジサイも、それに背負われてるマリーも、そちらを見ることは無かった。
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教会だと言う建物は既にボロボロだったが、まだ原型を留めている。
その建物の裏の崖に、確かにツユクサの落書きがある。
もし仮に、ツユクサがここを拠点として利用していたら。
もし仮に、ツユクサがここに食べ物や物資を恵んでいたとしたら。
外にほとんど出ない彼らの潤いや、やけに古臭い生活様式。仮説が報告と一致していく。
『お前にあれが殺せるか?』
もちろん確証は無い。だが確かに、ツユクサはユユと共に行動していた。
俺らが躊躇いも無く殺せる化け物も、確かに人の顔をしている。
出来ないから、タネ様信仰等と言う集落と共に生活出来ていたとしたら。
死人に口なしだ。あいつの事は分からない。
分からないが、あの頃のツユクサなら有り得る。
たった数ヶ月の仲だ。それでもツユクサは、誰よりも悪人面をする癖に悪人になりきれなかった男だ。
「…ジニア?」
ミナトに呼ばれて振り返る。パンデミック前から名前を変えてないミナトは、それだけが俺がこれまで生きてきた証だ。
俺だけ名前を捨てて、役割を放棄して逃げ出した。
ミナトとあの時ついて行ったあいつも。ヒマワリも。
大層な旗を掲げるやつはみんな死んだ。
ずっと、誰かの背中を追いかけていたかった。
自分の願いや目標なんて、小さい時からずっと無い。
誰かの騎士で居たかった。俺には出来なかったから。
だから、マリーにやりたくもない役割を押し付けたのだ。
ツユクサ。お前は、ここではちゃんと自分らしく居れたか。
俺は、いつまでヒマワリを追いかければ気が済むんだろうか。
余計な考え事が長いのはいつもの悪い癖だ。そのせいで口数が少ない。
「…あいつのこと、覚えてるか?」
「もちろん。ジニアが逃げ出した時、本当は私も行きたかったもの」
俺は主君を失い、仲間を捨て逃げ、新しい主君を見つけ、また失った。
そして、またミナトに会った。ミナトは知っているから、俺を持ち上げる事は無かった。
俺は、リーダー等やりたくもない。責任は負えない。振りたい旗も無い。
だから、失くしたはずのヒマワリの旗を探し続けた。
「…何だか、騒がしいね」
ミナトがそう言う。耳を澄ますと、慌ただしい声がする。
「行くか」
「えぇ」
建物の裏から出ると、人が集まってる。
死体が集められてる横穴だ。そうか、まだ燃やして無いのか。
「状況は!?」
「まだ数体だけですが、動き出しました。防げてはいますが、早く火が必要です」
胞子環境では、死体はゾンビになる。
横穴にまとまって死を迎えた彼らは、最期までこの集落を想っていた。
ヒマワリを追いかけるのは、俺だけじゃない。
1番前で体を張るベゴニアも、きっとそうだ。
その為に、俺が出来ることはなんだ。分からない。俺はベゴニアにはなれないのか、




