カリン:ディレージ
不思議な感覚だ。頭が冴えている。これまでなんで我を失ってたのかが不思議なくらいだ。
真っ暗な地下のはずが、ほんのり白く視える。
ボルトさんの顔や、そこでうずくまってるマリーさん。節の手も、動きが分かる。
それと同時に、ものすごくお腹が減った。
「頼んだぞ、カリン」
そう言い残してボルトさんは駆け出した。僕も動く。
線路に降りると、その振動で節の手が寄ってくる。空中に舞う胞子が、それに流されて動く。
それを見れば、回避するのは簡単だった。節の指の間をすり抜けて近づく。
とは言え、近づけばその分相手の動き出しから当たるまでも早い。
所詮は見てから回避している僕では、近づくほどリスクな事に変わりない。
「簡単に強くはなれないか…」
愚痴を零しながら、メイスを投げる。ディレージの柔い身体に突き刺さり、声もなくもがいている。
節の手が暴れるように壁にめり込み、床にヒビが入った。
少し大きな胞子の動き。ボルトさんがマリーさんを抱えた。
そんな動きすら小さく見えるほどに、ひび割れた床に胞子が吸い込まれていく。
地下に、広い空間がある。
木箱から取り出した空気銃を装填する。小指が無いだけで、こうもやりにくくなる物なのか。
節の手を最小のステップで躱し、狙いを定めようとするが、右の胞子が揺れるのを見て回避にうごく。
動けている。これまで散々、相手の攻撃をただ受け止めるしかなく吹っ飛ばされてた僕が、まるで師匠みたいに軽やかに攻撃を捌けている。
その全能感に、高揚している。
『攻撃の優先は低い。僕たちは、生き残ることこそ勝利だ』
師匠の言葉が頭で横切る。
だからといって、今目の前の気色の悪い芋虫を放置するのは怖い。
銃口をディレージに向けて撃つ。2発撃ち1発がディレージに当たる。
小さな穴が開き、ディレージが悶える。暴れる節の手が、更に床にヒビを入れる。
こいつ、思ったよりも弱い。所詮は芋虫。
撃たれている癖に、殆ど動こうとせず、ただ暴れるだけ。
勝てる。そう思ったすぐ、ディレージの節の手が1箇所に集まった。
本体を守るように、繭のようになった節の手。
吐き出すように外に出される、メイスと何かの骨。
「クソッ!」
走って節の手を引き剥がそうとするが、いくらちぎっても出てこない。
ブチブチと関節からちぎれる細い肉に、抵抗する意志は感じない。
自分にこんな力があったのかと、疑いたいくらいだ。
鍛えてたからじゃない。きっと、この呪いのせいだ。
なのに僕は、大事な妹一人助けられなかった。その悔しさで、節の手をちぎる速度が上がっていく。
ふと、我に返る。
ここまで節の手を使っているなら、出口はもう開いているのでは無いのか?
そう思い、振り返った。ちょうど、マリーさんが出口に逃げている所だった。
それと同時に、下から大きな音が鳴った。空洞が響くような、化け物が唸るような音。
地面のヒビが大きくなる。僕も逃げよう。
踵を返し、出口に向かって走る。その時、地面が大きく揺れた。
一瞬の浮遊感。胞子が、下に落ちていく。
すぐに身体を捻りアンカーを打ち出す。天井に刺さりワイヤーが張った。
宙に浮きながら、落ちていく床を見つめる。その瓦礫の中に、ボルトさんが見えた。
正直に言うと、たった今出会ったばかりのボルトさんやシャミさんが死んだからって、悲しくなることは無い。
それでも動くこともなく、ただ落ちていく彼の体を、その暗闇に消えるまで見つめていた。
広い空間だ。ほんのり湿っていて、音が響く。
ワイヤーを伸ばしきっても地面には届くか分からない。
その薄暗闇の壁に、ディレージが穴を開けている。
目立つ極彩色の体躯の目の模様に睨まれた気がした。
ワイヤーを巻いて、駅のホームの地面に足を付ける。
残った装備の木箱は一つだけだ。持ち上げて、落ちないように慎重に運ぶ。
階段を登って地上に行くと、既にマリーさんとキキョウさん。ミリアさんが集まっていた。
僕一人だけで帰ってきたのを見て、ミリアさんは顔を青くする。
「え…」
「生きてるのは僕だけです」
「カリン。目」
キキョウさんが自分の目を指さす。確認しようにも、ここに鏡は無い。
「どうなってますか?」
「…趣味の悪い色をしている」
それだけ言ってキキョウさんは座り込む。ミリアさんが僕の肩を掴む。
「ねぇ…死んだの?2人とも…」
「守れなくてごめんなさい」
強くなった所で、こんなんじゃ何の役にも立たない。
僕はそれよりも…マリーさんを睨み付ける。
縮こまってこちらを見上げるマリーさんを見てるとイライラする。
「…なんで、付いてきたんですか?」
聞き取れない声でボソボソと話してる。
「あんたの介護で2人とも死んだような物じゃないですか。そんなんでリーダーとか言ってたんですか?」
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
頭を抱えて怯えるマリーさんに、大きな声を出す。
「そうやって!!」
言いかけた所でキキョウさんに肩を掴まれる。マリーさんがガタガタと震え出して、震える声で、半分叫ぶように声を漏らす。
「ごめんなさいごめんなさい…身体は辞めてください…ごめんなさい…」
よく分からない事を言うマリーさんを、キキョウさんが見下ろす。
キキョウさんは、憐れみとも呆れとも取れる複雑な顔だった。さっきは外していたメガネを直している。
「都合よくリーダーにして裏に回したのは僕たち古参ですが、トラウマは克服できなかったみたいですね」
「ディレージ」
分類:終末種
外見:イモムシ
特徴 : 派手な色に目玉の模様
(某国の現地調査員が残したメモより)
毒ガエルを知ってるか?派手な色のカエルだ。外敵に「俺は毒持ってるぜ」と知らせるための色だと言われているが、ディレージに毒はない。
つまり、アイツはただのハデ好きのクソ幼虫だ。だから、賢い人間なら見つけ次第ぶち殺せ。
身体中から無数の節足を生やして、周囲の肉を食いちぎる肉食の幼虫だ。
見た目が最悪なのに、中身はもっと最悪だ。
それ以上の説明はいらない。こいつは、成虫である「ブラキナ」になることが一番の脅威だ。
もしも逃がしたと言うのならご愁傷。土地ごと燃やしてしまえ。あとは天に祈るんだ。
俺なら、土にコーヒーでも撒くかな。「過労死」って奴だ。そういえば日本では、節と同じ音の「不死」って言葉があるらしい。
不死の手。そういや機械の腕の日本人がうちの管轄に居たな。あれも不死か?




