カリン:穴
「僕たち回収員も、初めは散々だったよ。誰もノウハウが無い、バタバタと人が死にました。コミュニティも、半分ほど人数が減ったはずです」
キキョウさんはマリーさんを見ながら話す。蹲るマリーさんは何も言わない。
「気が触れて、女性を襲う人も居ました。まぁみんな死にましたが」
『そんな奴はパンデミックで滅んだ』
師匠の言葉を思い出す。何か例え話をすると、よくそう言っていた。冗談みたいなのに、いつも目は笑ってなかった。
「マリーは、その地獄に耐えきれなかった。それを憂いて裏に回し、リーダーという肩書きを押し付けたのは僕らです。地獄に向かうには、そういう旗を持つ人が必要でしたから」
内容自体に、今更驚く事は無かった。ここまで接してきて、何も無いのに役立たずだとは思いたく無かったから。
「だから、何ですか?」
「説明しただけです。僕も、もう少し落ち着いたからここに来たと思ってましたし、だからベゴニアさんに歯向かったのだと思ってましたが」
「だから、二人が死んたのは仕方の無い事だって言うんですか?」
「いいえ。むしろ、彼らが死んだのは僕やマリーのせいです」
「おかしいですよ。キキョウさん達はマリーさんを思ってそうしたんですよね?それにあぐらをかいて変われなかったのはマリーさんですよ」
背後の胞子が揺れている。マリーさんではなく、ミリアさんだ。嗚咽が微かに聞こえる。構うことなく言葉を続ける。
「僕だって、リズを守れなかった。だから僕は、こうしていられないんです。今この人の、あなた達の過去に立ち止まってる暇は無いんですよ」
キキョウさんが顎を引いてこちらを見る。その目に怒りなどはない。ただ静かに、言葉を受け止めているようだった。
ミリアさんが立ち上がり僕を睨む。その声をキキョウさんが制する。
「カリンが今ここに居るのは、その装備のおかげです。そしてそれは、僕たちの、マリーの失敗の数々から造られたものでもあります」
その言葉に、東に向いていた体を一旦キキョウさんに向ける。
「コミュニティで、君も救えなかった人が居たでしょう?先に進むなら、後悔の錘は無い方が良い。先ずは、二人の遺体を見つけましょう」
「そう…ですね。ごめんなさい」
マリーさんを置いて、地下鉄の下の空洞を見下ろす。相変わらず底は見えない。よく見ると、何本か柱が縦に伸びている。
「これ、なんの空間何ですか?」
「洪水を防ぐ為の貯水槽かと…50m程ですかね」
ワイヤーは30m程しか伸びない。降りるには、もうひとつ程足場が欲しい。
「…ちょっと、待っててください」
崩れなさそうな場所にアンカーを打ち込み、ワイヤーを伸ばしていく。
床が見えてきたところでワイヤーが止まった。ライトを落としてみる。水は張ってない。
「よし…」
左手を柱に向ける。やり方は分からないけれど、何となくこうだと思う。
薬指に神経を集中させて、人が乗れる足場をイメージする。落ちないように柱に巻き付くように…
ぴしりと薬指の付け根にヒビが入った。不思議と痛くは無い。
その瞬間、薬指を包むように現れた白い塊が前方に伸び、足場を作るように柱に絡みつく。
ナジールの時と同じだ。あの時咄嗟に壁を作ったように。
白い足場から手を引っ張る。薬指はもう無い。悲しくはなかった。痛くもない。何となく、こうなるんだと思ってる。
これも、僕が変になったからだろうか。
「降りれます!」
足場に乗り強度を確かめてから上に叫ぶ。
ワイヤーを巻き直し柱に打ち込んでまた降りる。
ゆっくりと靴が硬い地面に着いた。
地下鉄の天井も剥がれ、曇り空が見える。不思議な空間だ。
暗がりのせいで、どこまで続いてるかは分からない。いや、もしかしたら本当に、何処までも続いてるのかも。
キキョウさんとミリアさんが降りてくる。2人がライトをつけるのを見て、先程落としたライトを拾い上げる。
「さて…探しますか」
結果をいえば、遺体は二つとも見つかった。
シャミさんは頭と片腕が無くなっていたが、見つからないよりはマシだ。
ミリアさんは何も言わない。地下の空洞にポツリと小さく横たわる2人。それをじっと眺めている。
「上まで運びましょうか」
「…別にいいよ。大変だし」
遺体が着ているジャケットをゆっくりと脱がせ、頭の部分に被せる。
ボルトさんの身体は、少し固く脱がせにくかった。
「…行きなよ、助けたい人が居るんでしょ?」
こちらを見ずに、ミリアさんは言う。
「…生きてるといいね」
皮肉だ。自分でも分かってる。もしかしたら、リズはもう取り返しがつかない所まで来ているのかもしれない。
それでも、諦める気は無かった。それを確かめるまでは。
キキョウさんが、暗闇の方を見つめる。
「出口があるならば、ここを通った方が速そうですね」
「…博打では?」
「流石にこのレベルの貯水槽なら大丈夫でしょう。これだけ広いのに四面に出口が無いとは考えにくいです」
説明をしながら、キキョウさんは上にアンカーを飛ばす。
「マリーを連れてきます。待っててください」
ゆっくりと上がっていくキキョウさんを見送る。
「…あんな状態の人、本当に連れてくの?」
ミリアさんが呟く。
「…僕もそう思います。でもキキョウさんが連れていくと言うなら」
「そんなにあの人が好きなのかな」
「それは無いでしょう…多分」
そういえば、キキョウさんは他の人と違い一人で仕事しているのをよく見る。
師匠のシライシさんや、ジニアさんのミナトさんのような人は居ない。
強いて言うなら、リズだ。だからこそ、キキョウさんは乗ってくれたんだと思う。
マリーさんは、なんで一緒に行くって言ったのだろうか。
聞ける状態ならいいけど。




