暁鐘者
遠くの方で爆発の音が微かに聞こえる。すこし、ビルが揺れた。
「何と戦ってるんだ?」
「クラウスが出たと報告を受けた。戦闘続きでまだ都心部にすら行けてない。情けない話だが」
「あのムカデか…」
「そういえばベゴニア、先程変な色の芋虫が居たと言っていたな」
「あぁ、言った。場所はユユが分かるんじゃないかな?」
「教えない」
薄目で睨むユユは、今回ずっと不機嫌な気がする。
「…まぁいい。その芋虫は見つけたら殺せ」
「そんなにやばいのか」
「…あぁ」
ベティがしばらく走ると、とある建物の前で止まる。パッと見はただの廃ビルだ。
「幾つか、電力が動いてる施設が確認された。ここもそのひとつだ」
「…生存者か?」
「あれから何年も経ってる。その可能性は低いだろう」
ビルの中には、僕とマリー、エヴェリンとルンクとカリンで入る。理由は簡単。小柄である程度の崩落でも進めるからだ。
「サッキの戦イは見事デシタ!Mrベゴニア!」
「そりゃどうも」
「俺も、かっこよく戦闘してちやほやされてぇ」
「ルンクは良イドライバーだ!」
エヴェリンに頭を撫でられるルンクが鼻の下を伸ばす。
「マリーさんも、狙撃凄かったです」
「…そうか。カリン君、指は大丈夫か?」
ぎこちないが、リーダーとしてのマリーを維持している。
「あ、はい。違和感はありますが…今のところは」
指を折るカリンの左手は、少しぎこちない。
入口はすんなりと開いた。中は空っぽだ。
静かな廃墟に、遠くで爆撃音だけが聞こえる。
「本当にここか?」
ルンクが床に耳を当てる。固いものを当てて、空洞の音を聞いているようだ。
「うーん…地下はあるな」
「入口を探すか」
とは言っても、空っぽの建物で開けてないドアは大した数は無い。全て開けても、それらしい入口は見つからない。
ルンクはまだ床に耳を当てて探している。広い部屋の角で、ルンクが止まる。
「この下。すぐそこが空洞だ」
一見するとただの床だが、ここを破壊すれば何か出てくるかもしれない。
「任セテ!」
エヴェリンが小さな箱型のものを取り出す。爆弾だ。
床に設置して離れる。リモコンを操作すると、大きな音と共に床と周辺の壁が崩れた。
露出した地下は、仄かな灯りが付いている。
その時、外からアラート音声が大きく響く。そのアラートに混じって、鐘の音が聞こえる。
[緊急事態宣言を確認。基準値を超過。AI閾値判定:承認済。防衛省特別プロトコル"モーニングコール"を開始します。暁鐘者ぎょうしょうしゃ起動中…当該エリアの市民の皆様は、速やかに安全な場所に避難してください]
無機質な声は、ハキハキと3回言葉を繰り返した。
「What?」
「…先ずは進んでみよう」
地下に降りる。小さな廊下に、いくつかドアが並んでいる。
どこも鍵が掛かっていて入れない。
「エヴェリン。爆薬はあと何個ある?」
「2」
ピースをしながらそう言う。万一の為に、ひとつは残しておきたい。恐らく1番奥である部屋のドアを、再び爆破して中を覗く。
[今の音声アナウンスはなんだ]
エヴェリンの通信機から、ユウトが話しかける。
部屋の中を見つめている僕らには届いていない。
壁に付けられたモニターに、旧市街の地図が表示されている。
いくつかの位置に付けられた赤いランプが点滅している。
そのひとつは、ナジールのいた遊園地のところだ。
その上に着いたモニターには、赤文字で文字が映されている。
【当該エリアの市民避難率0%。防衛省特別プロトコル”モーニングコール”暁鐘者を起動します 起動まで8:48】
「避難率0%…まぁ、もう誰も居ないからそっか」
「残っているのは、私たちと兵士だけ…」
カウントダウンは、残り8分と言うことだろう。暁鐘者とはなんだ。聞いたことがない。
「Hey、Mrベゴニア」
エヴェリンが冊子を持ってきた。表紙には「胞子についての研究記録」と書かれている。
「一旦、持って帰って調べよう」
地面が揺れる。ユウトから通信が入る。
[戻ってこい。撤退する]
「何があった?」
[分からん。だから撤退する]
「…戻るか」
冊子を持って、部屋を後にする。タイマーは、残り4分を切った。
侵入した穴から這い出て、外に出る。
ベティは既に走り出す準備が整っている。
「あれを見ろ」
ユウトが指さす先。遊園地の方に、先程まで無かった物が見える。
巨大な黒い箱だ。白いライトのラインが光っている。
「あれが暁鐘者か?」
「揺れと共に突然生えてきた。直ぐに砲撃を試みたが、空中で迎撃された。あれは何かおかしい」
再びアラートが鳴り響く。それと同時に、黒い箱から何かが大量に飛び出した。
各方面に飛び散ったそれは、空を飛びながら白く丸い何かを光らせて飛んでいる。
「…ドローン?」
「あの光は?」
近づいてきた1台のドローン。白いものは、人間の顔を映したホログラムだ。
その顔は周囲を観察しながらこちらに飛んでくる。
どこにでも居るようで誰でもないその顔は、無表情のまま目だけを動かしている。
誰かが小さく息を飲んだ。
「…逃げよう」




