蕾を折る
**
期待していた食料や医療品が手に入らず、進行はほとんど絶望的になった。
トラックの燃料も無くなった今、僕たちは立ち往生になった。
『…どうする?』
『そりゃあ…まぁ…』
静かなトラックの中、ヒマワリが言葉を発するのをみんな待っていた。
ここまで来たのも、みんなヒマワリに付いてきただけだ。
みんな、今やりたい事がある訳でもない。終末世界の最期の思い出。そう思ってここまで来た。
『…ヒマワリ?』
ヒマワリは、真剣な顔で何か考え事をしている。
マリーの腹部の怪我は、医療品が無いと万全には動けない。
『…そうだね。やっぱり引き返そう』
『ダメ…』
ヒマワリの提案を、マリーが拒否する。引き返すことに何かある訳では無い。
このままトラックを置いて、みんなで歩いて戻ればいい。
引き返せば今よりは安全だ。でも、ここまで来た意味は何だったんだろう。そう思ってしまう。
『ダメ…ヒマワリちゃんの…夢だから…』
『ううん。あたしの夢は、みんなと一緒に行くことだから』
『…戻るのは反対だな』
ここまで黙っていたツユクサが口を開く。
『戻ってどうするんだ?1番近くの人の場所まで何kmあると思ってるんだ』
その言葉にジニアが反応する。
『おい、ならマリーを捨てて行くって言うのか』
『違うわ堅物。ここで医療品を探すんだよ』
『ここまで探してなかっただろ』
『戻ったって無いだろ』
何処かで音がする。トラックの外が、初めて怖いと感じた。普段無口なアジサイが、口をパクパクして仲裁しようとする。
『東の街は、俺らが思ってるよりずっと過酷だった。ここまで来れたのも奇跡だ』
『そうだな堅物。だからこそ、2度目の保証は無い』
『…どうするんだ?ヒマワリ』
ここまで、ずっとヒマワリの言葉で来た。そのヒマワリが、言葉を選んでいる。
胞子が覆い尽くしたこの街で、僕らは立ち往生になった。
『…進もうよ。みんな』
『ガキは黙ってろ。…で、どうするんだ?ヒマワリ』
『ガキじゃない…』
マリーが呟く。彼女の気持ちはよく分かる。だがマリーを背負って奥に行くのはあまりにもリスクだ。
腹部の傷は、放置すれば化膿する。体を動かすことは、そのまま進めば間違いなく死ぬ。
歩いて戻るか。ここで医療品を探すか。それとも。
『…行くのは、みんなでだよ。ここは変わらない。マリーの医療品、探しに行こう』
**
影で蹲るマリーの所に、フジと共に行く。
マリーの肩の震えに手を添える。顔を上げたマリーの涙を、フジが舐める。
「……ベェも、本当は怒ってるんでしょ…」
「……」
「私がわがまま言わなきゃ、ヒマワリちゃんは居なくなったりしなかったのに…」
「誰のせいと言えば、みんなのせいだ」
横に座る。
「私のせいだよ…だから…私が代わりにならなきゃ…」
真っ向から否定はできない。みんなが亡くした道標の代わりを演じている。
あの時ヒマワリに貰った、最後の青春。
その代わりになる何かに出会えると、そう信じていないとやって行けない。
「結局、ツユクサ君に言われた通りだった…私は子供で、ドジで……」
普通の人なら、「そんな事ない」って言うんだろうか。
あの時の僕らは、大人の癖にガキだった。それが許されてると、そう思ってたんだ。
その責任をヒマワリに押付けて、楽しいことだけを見ていたかった。
怖いものなんてなかった。失うものなんて何も無かったはずだった。
その結果僕らは、最後に1番大切なものを失った。
回収員は、僕にとっての贖罪だ。
もしもまた彼女に会えたら、その時僕は。なんて言えば良いんだろう。
その答えを、今もこの旧市街で探してる。拾ったものの中に、それはまだ見つからない。
「本当はみんな、私の事なんて嫌いなんじゃないかって…」
「マリーは、みんなを騙すためにその"彼女"を演じているのかい?」
フジの問いかけに、マリーは俯く。
「…違う…私は…みんなに嫌われたくないから…」
「ならば、皆も同じだろう。人間は嘘をつく生き物だ。それは変わらない」
フジの言葉は、何か思いもよらぬ方向から殴られるような感覚を覚える。それが少しだけ心地よい。
「彼らに悪意の匂いは感じなかった。人間は、嘘が分からないから嘘をつく。だけど、ニンゲンは嘘を、どう使いどう受け止めるかを決めることが出来る」
「どう…受け止めるか…」
「フジは、嘘の匂いが分かるのか?」
「我は、嘘がバレるから嘘はつかないんだ。ベゴニアも、随分と隠し事が多いようだ」
「…そうだな」
「え?…」
「本当は、マリーに怒ってる」
半分冗談のつもりだったが、既に泣きそうなマリーがお労しくなる。
「…ずっと、自分を卑下しすぎだ。これまでのことは、全部古参全員のせいだ。リーダーは罰なんかじゃない」
「おや、また嘘の匂いだ」
何食わぬ顔でサラッと言わないで欲しい。
「…僕も、回収員は贖罪のつもりだ。でも、同じくらい今を大事にしたいと、思ってはいる」
「うん…」
「行こうかリーダー。これが罰なら、僕らが一緒だ」
「…うん」
マリーの手を取り、彼女が立ち上がるのを支える。
折れた蕾はもう戻らない。もう花が咲かないとしても、それでも生きるのだ。




