いつか残した足跡に
**
山道をトラックで抜けると、小さな町に出た。
『ここ!?』
『まだまだ先ですよ』
乗り出したヒマワリにジニアが答える。流石に僕でもここが東の街じゃない事は分かる。
町の中の廃校にトラックを停める。外壁は汚れこそ目立つが、崩壊なども無く綺麗な形を保っている。
校舎の横に付けられた非常階段は錆び付いていて、2階のドアが開け放たれていて、風が吹いてドアが少し音を立てる。
寝ているサルビアとキキョウをそのままにし、トラックから降りて伸びをする。
町は静かで、人が住んでる気配は無い。荒れた痕跡も無いので、他の所で暮らしているのだろうか。
閑散とした町並みに、遠くに鳥の声だけが聴こえている。
『なんか、想像していた終末よりも静かだなぁ』
『ヒマワリの地域は平和だったんですね』
『山奥のド田舎だったしねぇ。さ、使えそうなものが無いか探そっか』
それぞれが手分けして町に出る。
小さな商店街も、民家も、食べ物はもちろん、旅に使えそうな道具は殆ど無い。
持ち出してしまったのだろうか。大きな家具だけが残された家の中は、不思議と寂しさは感じなかった。
民家の物置に置かれた薪割り用の斧を見つける。そういえば、武器になりそうなものは持っていなかったなと思い、手に取って腰にさした。
特に収穫もなく廃校に戻ってくる。ふと、塗装用のスプレー缶を見つけて拾い上げる。
振るとカラカラ音が鳴るが、まだ中は入っている。
『…何かありましたか?』
『特には』
いつの間にか後ろに居たマリーに少し驚きつつ、スプレー缶を見せる。
『…なんか描く?』
『え…でも、公共の建物にそんな事は良くないのではないでしょうか』
『まぁね、先生に見られたらね』
物置の壁にスプレーで線を引く、僕もこういう事に経験があるわけではないが、道の脇に放置されたガソリンスタンド等で、壁に落書きをされているのを見た事がある。
『…よし』
青い塗料で大きく書いた、僕の落書き。
"ここに、あんまり物は無いよ"
マーキング、と言われればそれまでなのだが、もしもこの先誰かがここに来た時に、余計な手間をかけずに済むならいいなと思った。
『なーにしてんの?え、面白そう』
『チビ…意外と悪なんだな』
『…まぁ、合理的なメッセージではありますね』
他のみんなも知らないうちに集まっていた。ヒマワリが好奇心の眼差しを向けるので、スプレー缶を渡す。
僕の書いた落書きの横に、同じく文字を書いた。
"東の街に行ってきます!ヒマワリ"
この旅の目的地、今どうなっているか分からないその街に思いを馳せながら、ヒマワリは笑ってスプレー缶をジニアに渡す。
『なんか書きなよ、せっかくだし』
起きて来てやってきた2人も混ざり、8人がそれぞれ壁に落書きをする。
"終末3年目 5/14"
"お互い頑張りましょう"
"今日も見つからなかった"
"止血、消毒、接合"
"↑怪我の治療な このメガネは言葉が足りない"
"レストランを開きたい"
それぞれが好きなことを書いた落書きは、個性が出ていて面白い。
『…誰か見てくれるかな?』
『どうかな。次戻ってくる事があれば、返事が書いてあるかもな』
『何それ、超エモい』
真昼の陽射しから逃げるように、トラックに戻って行く。
その落書きがどうなってるのかは、今も知らない。
走りだしたトラックから見える廃校が少しずつ小さくなっていく。
揺れているドアの音も、もう聞こえない。
見えなくなったのに、書いた文字が頭に浮かんで離れない。
その落書きの横に、誰かが加筆する想像を、頭の中で反芻した。
**
なんだか、昔話を語ってると歳を食った気がして口を止める。
カワイの運転するトラックは、怪我人の為に安全な徐行運転だ。
燃料節約のため乗組員は最小限にする。乗っているのは怪我人とホルンだけ。
歩きながら語る僕の話を、シライシとカリンが黙って聞いている。
カリンの背中には、長柄のメイスが仕舞われている。
「師匠はその頃から斧なんですね」
「なんだかんだ馴染んでしまったからな」
「古参って、グループ名とかあったんですか?」
「…あった気がするが」
何故だろう。思い出せない。
元々、ほとんど使わない記号みたいな物だったから。他の古参に聞けば分かるかもしれない。
「…古参でいいんじゃないか?」
「そういう事を聞いてる訳じゃないんですが」
「忘れた。歳かな」
「…師匠って、いくつなんですか?」
「カリン。ベェさんは永遠の15歳ですよ」
「シライシ。未成年保護法は適用されるかな」
「ははは、六法全書はただの鈍器になりましたよ」
「なら、掲示板に書いておこう。カリン。拾ったら僕にくれ」
「カリン。ベェさんが人殺しになる前に止めてあげてね」
「今更だろ」
僕とシライシの冗談に、カリンはクスリとだけ笑った。
瓦礫を踏み鳴らし、旧市街を南に戻る。
あの時夢見た東の街に、今こうして立っている。
奥はまだ知らない。いつか行こうと皆で言っていたのに、結局僕らは生き残る為にこうして外側で物資を集めて虫を殺して回っている。
あの頃、大人のくせに子供みたいだった。
東から登る陽射しが、僕の背中を刺す。
まるで誘われてるような。警告されているような。
微かに残る冒険心をくすぐられるのを、軽く無視する。




