朝霧の花弁達
瓦礫まみれの静寂の中、白い霧が薄くかかっている。胞子の霧ではなく、朝霧だ。
黒い巨体に着いた極小の水滴は、何の干渉もされずに自然落下していく。
そのムカデの頭の部分は、大きな物で思い切り抉られた穴があり、頭はほとんど取れかかっている。
もちろん、もう動く気配も無い。
横に転がったメイスはオダンゴのだろう。本人は見当たらないが、柄に着いた血が現場を物語っている。
「…全滅、では無さそうだが」
「……」
瓦礫が動く音の方を見る。タネがカリンを担いで地面からでてきた。
「…ベェ」
「カリンは無事か?」
タネは小さく頷く。小さく息をしているが、なかなか起きない。
「起こす?」
「いや…そっとしておこう」
霧の向こうから足音がする。2人、片方は怪我をしているようだ。
「タネ、お疲れ様」
「…うん」
拳を合わせようとしたが、伝わらなかった。それでもタネは少し嬉しそうな顔をするので、気持ちくらいは伝わっただろう。
負傷した全員の治療をする。
サルビアは右腕の脱臼に骨折。左脚も負傷。
リズは軽い脳震盪のようだ。
どちらも喋らないので安静にしておく。
そこにホルンが戻ってくる。
「…オダンゴの死体は?」
「……」
「そうか…」
ホルンは首を横に振る。薄々そうだと思っていたが、完全に食われた可能性が高まる。
現在進行形でムカデの肉を食べているタネが、ジャケットを取り出して欲しいような、そうでないような。
「ベェさーん、居ますかー?」
「あぁ、こっちだ」
シライシの声だ。霧の向こうからカワイとやってくる。
「…これ、ベェさんが?」
「まさか。ここに居る彼らの手柄だよ。僕が来た時にはこうだった」
「…あのムカデの肉も美味いんですかね?」
「…人を食ったかもしれない肉が食えるなら、試すといい」
「…辞めときます。タネって、やっぱり人外なんですね」
カワイの手にある紙切れに目を落とす。
「それは?」
「…あんたらの探してる人からだろうな。ケラ喰い。いや、タネについてだ」
その言葉にタネが反応するが、またムカデの肉に目線を戻した。
「…何が書いてあった?」
「端的に言えば…"タネは、人間から産まれた"」
紙を受け取り、中を開いた。
**
先ずは、ここの地域に人型の化け物は居ない。
奴らの脅威から逃げてきて安心しているところだろうが、ここは虫の領域だ。
安全な所に逃げたいのならもっと北西に行くといい。
あの背中から腕の生えた化け物は「タネ」と呼ばれる生き物だ。
腕の数によって個体の強さも変わる。
非常に縄張り意識が高く、同種だろうが構わず攻撃する。見かけたならさっさと逃げろ。
さて、ここからは俺の愛すべき悪友達に向ける。他はさっさと北西に逃げな。
「タネ」は、人間の変異種だ。
もちろんこれは、推測の域を出ない。しかし、人間由来なのはほぼ間違いない。
何も見た目からそうだと断定した訳じゃないさ。
「ユユ」と名乗る2本個体のタネと遭遇し、行動を共にした。この個体は知能が高く、人語を介す。
俺が教える必要も無いほど、しっかりと"生きた話し方"をするのだ。機械音声から教わったとは、到底思えない。
胞子環境下にて、タネの巣と思われる場所を発見した。
そこには、子供の玩具が集められていた。
この個体だけが、そうだったかもしれない。そう思い探したもうひとつのタネの巣。
ここも同じだった。
ユユは「ママが教えてくれたから」と話していた。
子供の玩具を、ママが与えたのだ。
俺の悪友達なら、ここまで既に辿り着いているかもしれない。
だから、改めて言わせてもらう。
"あれが人間だとして、お前たちはちゃんと殺せるか?"
最後に、悪友達にメッセージを残す。
"ヒマワリは、まだ東を向いている"
**
「初めから他人に配慮してるとは、ツユクサらしいな」
「でも俺が見たこの人は、もっと悪態付きでしたけど?」
「照れ屋さんなんだよ」
紙を丸めてシライシに渡す。もう一度、タネを見る。
「…まぁ、冷静に言われれば、そりゃあそうだろうなって話ですよね」
「人型の時点でな。問題は"何故変種になったか"だよな」
「ですね。何にしろ、答えは東にあるって事でしょうね」
「そうだな。僕らも、いつまでも浅瀬で狩りをしてるだけじゃダメってことか」
虫の外側への進行。ケラ喰いの発生。旧市街は今も、目まぐるしい変化を続けている。
そういえば、最近虫の大群を見なくなった。
何時までも同じ事はしていられない。その時がまた来たと言うだけだ。
「カワイ、トラックを近くまで持ってきてくれ。帰ろうか」
霧が晴れてきて、青白い空が見える。
この夜明けが、僕らの仕事の終わり。生き延びた証。
そしてまた、新しい仕事の始まりなのだ。
"ヒマワリは、まだ東を向いている"
「このヒマワリって、前にベェさんが話してた人ですよね?」
「そうだな。この古参とかいうバカグループを作った。始まりの人だ」
「また、教えてくれますか?」
「そうだな、帰りのトラックの時にでも話すよ」




