40 鉱山の町 6
これだとルアンが木箱を指差す。マルチナは頷いて木箱に向かった進んだ。
ユージもマルチナに続こうとした、が、ジェンスがユージの肩を掴む。
「おっと、おまえはここにいろ」
ジェンスはそう言ってユージを自ら脇に留めた。
マルチナは木箱の前に立つと手をかざした。
木箱の周囲にどこからともなく霧のような白い煙が立ち込め箱を包んだ。
マルチナは目を閉じ、指先に神経を集中した。
ルアンもかたずを呑んで見守る。
しばらくするとマルチナの顔が歪む。マルチナは突然手をおろした。
「開いたか?」
ルアンが待ちきれない様子でマルチナに詰め寄る。
ジェンスはそっと剣の柄に手をかけた。
「まだよ。これは封印が三重にかけられていたの。そのうち二つまでは解除したわ。でも、あと一つがね……」
マルチナの言葉にルアンの表情が曇る。ジェンスもそっと手を剣から戻した。
「だめなのか?」
「封印が二つに別れてる……。それを同時に解除する必要があるの」
「それで?」
「片方だけ解除すると、もう一つが破裂する。つまり、箱は中身ごと潰れる」
ルアンは困った表情を見せた。
「なんとからなんのか?」
「もうひとり魔導使いがいればね。二人で並行的に符号を解読して、タイミングを合わせて同時に解除する。これならなんとかなるけど」
「もう一人魔道士が必要か……」
ルアンがそう呟くが、それに答えられる者もいない。気まずい沈黙が流れた。
その時、勢いよく兵士が飛び込んできた。
「魔族が攻めてきました!! オ、オークです、トロールまでいます。城門のすぐ前に並んでいます」
「なんだと? 見張りのヤツは何してたっ!?」
ジェンスが兵士に怒鳴り声をあげると同時に地上へと続く階段を駆け上がった。
ユージとマルチナもジェンスの後を追って走る。
ジェンスは屋敷を出るとそのまま城門へと向かい見張り台を駆け上った。
城門のすぐ前にオークが三〇〇頭ほど。しかもその中心にトロール二頭が立っていた。
ユージとマルチナも遅れて、見張り台へと上った。
そして、オーク達の隊列を唖然と見つめた。
トロールの肩の上でアンジがブンブンと手を振っていた。
「オーイ!」
アンジは見張り台にマルチナを見つけ、手を振りながらマルチナに向かって叫んでいる。
ジェンスが驚きの表情でマルチナを見つめる。
「し、知り合いか?」
「ええ、まあ……」
苦り切った表情でマルチナが答えた。予想外の事態にそう答えるのが精一杯であった。
二頭のトロールを先頭にオークが列を作り城門をくぐった。
オークはともかくトロールを間近で見る機会はそうはない。守備兵達はみんな離れて魔獣を見守っている。
アンジはトロールの肩から飛び降り、満開の笑顔でユージたちのところに走り寄ってきた。
「来ちゃった!」
「来ちゃった??」
アンジの返事にマルチナは怒りの余り表情を歪ませる。
その様子にアンジが首をかしげた。
「えっ? 嬉しくないの?」
「おまえ、遠足かなんかと勘違いしてるんじゃないだろうな?」
「なによ、そんなに怒んなくてもいいでしょ」
「(おまえは待機って話だったろ!)」
マルチナが小声でアンジを攻める。しかし、アンジは何故自分が怒られているのか分かってない様子。ふくれっ面で反論した。
「だってぇー、二人とも行っちゃって~。自分だけ留守番なんてつまんないじゃない」
アンジの返事はマルチナの怒りに油を注ぐ。マルチナの肩が怒りでプルプル震えているのがユージからも分かった。
一触即発の状態になりかけた時、ジェンスが二人に歩み寄ってきた。
「どういうことなのか説明してもらおうか?」
ジェンスが明らかに疑いの目でマルチナに詰め寄った。
さすがにマズい!
ユージはとっさに誤魔化す方法を頭に巡らせ、マルチナとジェンスの間に割入った。
「彼女は最近一緒に仕事をするようになった奴隷商なんです。自分たちがこの鉱山に奴隷を売りに来るっていうのを話したことがあって、それで興味を持ったみたいで……」
ユージは出まかせで取り繕う。
「そうなのか?」
ジェンスは疑りの目でユージを睨み、そしてアンジに視線を移す。しかし、アンジは鈍感さは相変わらず。
「ん〰、そんな感じかな?」
もっと良い返しがあるだろう……
適当に返事をするアンジにユージは気が気でない。
ジェンスは無言のままマルチナやユージの表情を探る。視線をマルチナから外さず右手が腰の剣へと静かに動いた。
「でかいな!」
いきなり背後からルアンが感嘆の声が響いた。
ジェンスの部下から敵ではないとの報告があり、ルアンがゲシュトと共にトロールを見に城門まで出てきたのであった。
ルアンはアンジに歩み寄った。ジェンスもルアンの登場にひとまず手を止めた。
「これはおまえのトロールか?」
「そうよ。すごいでしょ」
「おお。これならオークの何倍も仕事ができそうだ」
アンジもアンジで単純そのもの。
ルアンから自分のトロールを褒められて、マルチナに怒られたことなど忘れて調子に乗り出した。
「どうしても、って言うなら売ってあげてもいいわよ」
「おお、ゲシュト、すぐに手続きしろ。それとジェンス。何やってた? 直前まで気がつかぬとは兵がたるんでるぞ」
「……申し訳ありません」
ジェンスは館に戻るルアンの背中に頭を下げ、守備兵を集めて説教を始めた。
ゲシュトはルアンの指示に従い自分の執務室のある建物へとアンジを促した。
ゲシュトは早速買取の書類の作成を始めた。
「で、お前はどこの者だ?」
「えっ?」
「商人なんだろ、店の名前を聞いているんだ?」
「あー、そう、それね。んー、んー、コルクマズ商会とか?」
「お前の店だろ、俺に訊くな。しかも聞いたことない店だな」
ゲシュトは会話の噛み合わないアンジに苛立ちつつ、観察する。
この女、明らかにアホっぽい。いつもどおり、ゲシュトは買い叩くつもりで値段を告げた。
「ぜんぶで金貨三〇枚だ」
「オッケー」
「えっ? ちゃんと聞いていたか? 全部で三〇枚だぞ。一頭で、じゃないぞ」
「聞こえてるわよー、耳はいい方よ」
面倒くさそうに答えるアンジにとっては値段などどうでもいい話だった。それにしても、もう少し言いようがあるはずだが、そんなところに頭が回るはずもない。
「ところであのトロールは誰が隷属化したんだ?」
「あたしに決まってるじゃない」
こんなアホっぽい小娘がか?
ゲシュトは信じられず思わず聞き返す。
しかし、アンジは自信満々に魔導が使えると回答する。後ろに控えたマルチナも特に否定はしなかった。
ゲシュトはアンジと後ろのマルチナとを交互に睨みつつ黙考する。
……ということは、腕の立つ魔道士が二人揃ったということか?
ゲシュトはこれで荷を開けることが出来る。ルアン機嫌を損ねずに済む。
そう思い、胸をなでおろした。
ゲシュトは建物を出るとユージ達三人を伴いルアンの館へ向かった。
そして、アンジが魔導が使えることをルアンに報告し、明日にでも開封を再度試すことを決めた。
ルアンがマルチナに声をかけた。
「そうだ、今日は我が屋敷に泊まるがいい」
ルアンはメイドに何やら指示した。
一人のメイドが歩み寄ると、ユージ達をそれぞれを部屋まで案内した。
マルチナ達が案内された部屋は広く、部屋の中央に置かれたベッドもふかふかであった。
「悪くないわね」
マルチナはくつろいだ表情を見せた。
すぐに別の亜人のメイドが現れた。手に箱を抱えている。
「お召し物でございます」
そうマルチナに告げると、部屋の隅にあるチェストの上にその箱を置いた。
「お食事のご用意ができましたらまたお声をかけまいります」
そう言い残しメイドが部屋を出た。マルチナが箱を開けると、ドレスが綺麗に畳まれていた。
カクテルドレスのようである。胸元が大きく空いて、スカートは長めだがスリットが大きくはいっていた。
「……」
マルチナは無言でドレスを箱に放り投げた。
一方アンジは綺麗なドレスを身につけ、嬉しそうにくるくる回っている。
マルチナはアンジを眺め大きな溜息をついた。
「ところで、あの荷の中身は何だろう?」
ユージがマルチナに尋ねる。
「あれは法王庁宛の荷ね。私がユージと送られる時にかけられたのと同じ種類の魔導だったわ」
「法王庁宛というと、中身は聖杯とか?」
「なわけないでしょ。くそ坊主が好きなモノよ」
ユージは何となく思い浮かぶ。マルチナに確認するとマルチナも頷いた。
「でもさ、法王庁の荷が何でこんなところに?」
「さあ?」
マルチナもそこまでは見当が付かない様子であった。
ユージはアンジの意見を訊こうと振り返ったが、すぐ諦めた。
アンジは部屋の向こうでマルチナに渡されたドレスと自分用のドレスのどちらを着ようか頭を悩ませており、ユージの話など聞いていない様子であった。




