41 鉱山の町 7
結局マルチナも迷った末、ドレスを身に着け夕食のテーブルに着いた。
情報を少しでも引き出すには、ルアンも上機嫌にすることは必須だ。
これも作戦を成功させるため。そう考えての結果だった。
ドレスを身にまとったマルチナとアンジの体にルアンの視線がまとわりつく。
一応ユージも同席しているが、もちろんルアンは目も向けなかった。
ルアンは機嫌よく饒舌に一人話し続けた。ただしその口から語られるのは自慢、そして他人の悪口である。
もしかして自分の忍耐力を試している?
マルチナは真剣に疑った。
一方、アンジは目の前の食事に全神経が行っているようで、ルアンの話を聴いている様子はない。
マルチナはアンジを苦々しく思いながら、ルアンの話し相手を続けた。
「ところでハンナはなぜ冒険者になったのだ?」
自慢話の種が尽きたのか、ルアンはようやくマルチナに話を振った。
「じつは私は身寄りがなく幼いころから修道院で育ちました。魔道適性があったため、魔導士となった次第です」
マルチナは適当な嘘を並べた。
ルアンは溜息のようにマルチナに洩らした。
「うらやましいのう」
「うらやましい? 閣下は私より大そう恵まれておりますが」
「こんな領地、俺にとっては何の価値もない。逆に鎖みたいなもんだ」
「鎖でございますか?」
マルチナは適当に相槌を打つ。
「子爵の家に生まれたばかりに、この鉱山の運営を義務付けられている。俺の能力のポテンシャルからすれば役不足もいいところだ」
鉱山運営はゲシュトに丸投げで、奴隷の亜人と戯れているお前が言うか!?
もちろんマルチナはそんな気持ちを表情には出さず、会話を続ける。
「では、どのような職であれば閣下に適しているとお考えですか?」
「おお、よくぞ訊いてくれた。まあ、どんな職であろうと俺の才能からすれば超一流に達するであろうが、敢えて言うなら……」
そこで、ルアンは一息入れて間をとった。
マルチナは、面倒くさいヤツと思いながらも、話を促すため言葉を重ねた。
「敢えて言うなら?」
ルアンはわざとらしい咳払いをして答えた。
「賢者、だな」
こいつダメだ。
賢者って、いまどきの厨二でもそんなことは言わない。
ユージが小声でマルチナに尋ねた
「そもそも賢者って職業?」
「あたしが知るわけ無いでしょ」
マルチナはユージに投げやりに返事をして大きな溜息をついた。
もはやルアンを相手にする気を完全に失っていた。
「賢者って何?」
アンジが思い出したように声を上げた。食べるのに一生懸命だったようだが話しは聞こえていたらしい。耳はいい方だと本人が言ったとおりだ。
ルアンが調子に乗って今度はアンジに向かい話を続けた。
「賢者とは、知力に優れ、魔導においても剣においても超一流。いわばパーフェクトな存在だな」
「ほ〰」
アンジは興味を持ったのか、真面目に話を聞いている。
一方マルチナの相槌はおざなりなものになった。
もっとも、ルアンはマルチナの気持ちに気づく鋭敏さのかけらもない。まだまだ話足りないかのようにアンジに対し自らの賢者論を語りだした。
――これ以上は時間の無駄ね。
マルチナはそう判断すると、明日のために英気を養う必要があると言って、半ば強引に席を立った。
それをみてユージも席を立つ。アンジは一瞬間考え込み、目の前のケーキを掴むとマルチナ達の後を追った。
ユージはマルチナとアンジの部屋に入った。
「あー、もう限界だわっ」
マルチナがベッドに倒れ込みながら声を上げる。
「たしかに、これ以上は時間をかける意味はないね。当初の作戦通り、技術者達は一箇所集めて隷属化しよう」
「どうやって集める?」
「それについては、考えがある」
ユージはマルチナとアンジに計画を打ち明けた。
マルチナとアンジはうなずき、それなら明日にでも決行ということで話を終えた。
◇
月明かりのみの暗い森の中、タキシードの魔人の男が中に浮遊している。
ジェンスは魔道士の女と並び立ち、魔人の男に剣を構えていた。ジェンスたちの足元には修道士の死体が自ら流した血の海に沈んでいた。
ジェンスが魔人に剣を向け飛びかかろうとしたとき、女魔道士はジェンスに向かって拘束魔導を発動した。
「ユリア、一体何を……」
「ジェンス、これでいいの……」
魔道士の女はジェンスに微笑むとタキシードの男の前に進み出た。
タキシードの魔人の男が皮肉な笑みを浮かべた。
「それがお前たちの答えか……」
ジェンスは、暗い自室のベッドで目を覚ました。
「くそっ、またか」
昨晩に続き、またあの悪夢だ。
苛立ち紛れに壁を叩く。壁が凹みジェンスの拳に血が滲んだ。
◇
翌日、マルチナとアンジはルアンの館の地下室の秘密の荷の前に立った。
ルアンやゲシュトも一緒である。ユージも後方でマルチナ達を見守った。
マルチナとアンジは荷の前に進んだ。
「しくじるなよ、アンジ」
「それはこっちのセリフよ」
アンジとマルチナはにらみ合い、荷に向かって手を上げ、魔導のパワーを送る。
「いい? いくよ」
マルチナの声に合わせ二人が魔導を発動する。荷が光りに包まれ、細かな振動をたてた。
ルアンもゲシュトも息を呑んで見守る。
沈黙の中、いきなり、バタンと大きな音をたて、木箱の蓋が吹き飛んだ。
開封に成功したのだった。
マルチナは近寄り荷の中を覗き込んだ
そこには、一人の少女が横たわっていた。
一四,五歳程度か。薄い白い布が胸のあたりまでかけられ、鎖骨から肩にかけて露わになっている。金髪の長い髪が白い布に広がっていた。
服はつけていなのか、体のラインを白い布に浮き上がらせていた。
ただ、まるで人形であるかのように全く動かない。かすかに胸が上下に動くことで呼吸をしていることが分かった。
ルアンも荷に駆け寄りマルチナの脇から覗き込む。
そ感嘆の声を上げて満面の笑みを浮かべるが、昏睡状態にあることに気づき、マルチナに振り返った。
「いつ、目を覚ます?」
「んー、昏睡魔導をかなり深くまでかけられているようです」
「解除できるか?」
今度はアンジが笑って答えた。
「そんなの私に任せれば簡単……」
その時、ユージがアンジを押しのけ話しに割って入った。
「ちょっと待って下さい。ここでは危険です」
「あっ? どういうことだ?」
ルアンがユージを睨む。
「万が一失敗すると、大勢に被害が出かねません。作業員の皆さんを安全な場所に待避させてからでないと」
「ホントか? 何でお前に分かる?」
マルチナはユージの意図を察して、ルアンに説明をする。
「ホントよ。この昏睡を解くのにはかなりの魔導の力が必要ね。万が一その魔力が跳ね返された場合、屋敷が丸ごと吹っ飛ぶわ。そればかりか街にも相当の被害が及ぶわね」
「ど、どうすればいい?」
ルアンは流石にマルチナの言うことは信じたのか狼狽える。
ルアンはゲシュトにも問うが、門外漢のゲシュトにも答えようがない。うーんと考え込む振りをして口を閉じたまま。
そのとき、ユージが提案した。
「昏睡解除は鉱山の採掘現場で行いましょう。周りに何もないから万が一の時の被害を最小限に留められます。その間、作業員の皆さんは裏の地下坑道に待避してもらえば」
ユージの提案にルアンは考え込む。
確かに、この荷のことは万が一にも作業員たちに知られてはならない、秘密中の秘密。
万が一露見すれば、爵位を失うかも知れない。それほどの秘密であった。
秘密を守るためにも、作業員達を全員隔離しておくことは理に適っていた。
「よかろう。今日の作業が終わってから作業員達を待避させて、鉱山に運ぶぞ」
ルアンは僅かな時間も惜しいという口調でゲシュトに作業員の退避を指示した。




