04
月が天辺に上り、分厚い層の雲に隠れ淡く輝く深夜、ソフィアは相手に刺激を与えない為、八人体制で最新の注意を払いルイン村の中へと入った。
「だが、これがお前達の言っていた半魔なのか?」
視界にはいる男性は二人、女性一人の計三人は魔族の類と呼ぶには失礼過ぎるぐらいに人間だった。当の本人である、リベルとグランも困っているのだろう。松明で照らされた二人は眉を顰めていた。
「えっと、はい……でも確かに」
「すまないが、君達は何者なんだ? 武装までして穏やかじゃないな」
一人の民族衣装をきた男性は、焚き火の先でじっとソフィアを見つめていた。あまりに強い警戒心と眼力に生唾を飲み込む。
「これは、失礼した」と、アウダースから下りて皆の先頭に立ち、ソフィアは口を開いた。
「俺の名前は、ソフィア。ソフィア=グレガンドと言う。王国騎士団・エピメレイアのソフィア隊・隊長をやっている。貴殿等がまことに、ヘルウルフを倒した者達なのか知りたくてね」
三人は、たがいの顔色を伺い小首をかしげる。一瞬、言葉が理解出来なかったのかと思ったりもしたが、言葉を発する前に男性が話し始める。
「これは、ご丁寧に。しかし──ああ、なるほど。気配とは、彼等の事だったか。予想が外れたな、アユム」
「ま、まあ、でも魔物じゃないならそれはそれで……」
坊主頭の男性は、微笑を浮かべ何かを納得した様子で再び口を開く。
「俺の名前はヤン。隣に座ってるのがユキトとアユムと言う。あれは、ヘルウルフと言うのか」
ヤンと名乗る男は、腑に落ちた様子。話を聞く限り、リベルとグランの言ってる事は正しい。
しかし、武具が見当たらないのは、変な話だ。素手で、鋭い爪も牙も強靭な顎も持ったヘルウルフを討伐するだなんてソフィアは聞いたこともなかった。
過ぎる警鐘を耳を塞いで、もう一歩と踏み出す。
「もし良ければ、だが……。貴殿らがヘルウルフを倒した方法をしりたいのだが、宜しいか? 見たものは、半魔だと疑っていてね」
「ふうむ。──半魔ねえ。いよいよ面白くなってきたってやつだね!!」
アユムと名乗る女性は、背筋を伸ばし緊張感も何も無い雰囲気を漂わす。
「して、半魔だったのならどうだと言うのかな?」
「できれば、我隊の力になってもらいたい。生態を事細かに検査等を要求する事もあるとは思うが……」
此処で都合のいい事だけを、言うのは後々の事を考えると好ましいものではない。
ましてや、今まで存在すら確認されていない生き物にはそれ程の価値があるに決まっていた。造語でしかない半魔と言う文字を実物に変える力。
「断ると言ったら?」
「すまないが、強制的に連行させてもらう。我々も、今、魔族との争いで余裕が無いのでね。危険因子は取り除く必要がある」
精一杯の脅しだった。数は倍。ソフィアの隊は武装をしている。これだけの人数なら、ヘルウルフを二十は倒せるのだ。武力は十分にある。
冷静に考えれば多勢に無勢である事がわかるはず。逆に、冷静にならず刃向かってきても制圧は容易に変わりは無かった。
しかし、ヤンは嘲り笑う。
「ハハハッ。いやはや、どこの世も実験が大好きなんだな。こんな、年端もゆかぬ子供を薬漬けにでもする気か? ──交渉は決裂だ」
「ちょ、ヤンさん? 人と争うのか?」
「ねぇ、ゆきとさ?考えが甘すぎ。元より、そのつもりだったでしょ」
(元より……?)
「貴殿らは、人と争うつもりなのか?」
あまりにも無謀だと、言いたい気持ちを押し殺し返答をまつソフィア。すると、ヤンは頷く。この時、ヤンの行動が脳内で理解がしきれず、スローで物事が動き見えた。
「人も魔も、俺達の敵だ」
ヤンの目の色が変わった。雰囲気などではなく、文字通り、ヤンの目は黒さを増し、さながら爬虫類のような瞳へと形を変えたのだ。
滲み出る殺意に、本能は拒否反応を起こす。ワイバーンにすら恐れを抱いたことがないソフィアが、臆した瞬間だった。
「だが、まあ……殺生は好まない。このまま、ソフィア隊の隊長が、負けを認めて退いてくれれば何もしないが??」
訝しい笑みを浮かべるヤンは、躊躇いもなくソフィア達の首に鎌をかける。震えも、動揺もしない様子は、強者ゆえの余裕なのだろう。
この挑発に乗れば、間違いなく争いは免れる事ができない。余裕が無くなってきてるのは、いつの間にかソフィア達だったのだと痛感していた。
矢先に、リベルは腰にぶら下げていた鞘から両刃剣を滑らせる。
「ふざけんな!! 我隊の隊長を愚弄してんじゃねえよ! お前なんか、俺一人で十分だ。半魔の半端野郎が」
「ふふふ、そーこなくっちゃな。じゃあ、かかってきなよ」
忠義深い事を逆手に取られ、気がついた時、既にリベルは地面を抉り、駆けていた。
「随分余裕じゃねぇか!!」
リベルとグランは風の加護を授かっている。ゆえに短時間で、ソフィアの元へも辿り着けた。目にも留まらぬスピードに、火は吸い込まれ消える。
勢いに乗せた、縦一閃がけたましい音と共に座っているヤンの脳天を捉えた。間違いなく、必殺となる技と言えるだろう。これを防げるのは、頑丈な鎧か、剣でタイミング良く受け流すぐらいしか方法はない──筈だった。
甲高い音が響いた瞬間リベルの剣は折れ、反動で地へと尻をつく。
「もう、ヤンさん余裕見せすぎだよ」
たった一本の腕が、必殺を防いだのだ。
目の前で見た異様な光景に、ソフィアは悟る。これは自分達の適う相手ではない、と。だが、状況は最悪に代わりがない。
「まあ、目で追えていたしな」
「追えていた……だと?」
ヤンは、立ち上がると鋭い爪をリベルに向けた。
「ああ、見えていた。次は俺の番だな」
「待ってくれ。今更、負けを認めても退かせてはくれないのだろ?」
「まあ、それで道理が通るのかって話だよな」
ヤンの言っている事は間違いじゃない。それに反しては騎士道に背く事になってしまう。自分達から手を下しといて、都合が悪くなれば逃げる。
悪党のする事だ。騎士ならば、自分がした正義を最後まで貫かなくてはならない。
隊を任された者ならば特にそうだろう。
「なら、相手は俺がしよう。コイツらは退かせる、いいな?」