05
暗闇の中、消えた焚き火の微かな燻りと、数人の松明の火のみが怪しく辺りを照らす中で、ソフィアはリベルの前に立つ。兄弟も居らず、親と呼べるものも居なかったソフィアにとって、隊の仲間は等しく家族みたいなものだった。
だからこそ、次世代へと繋ぐ可能性が少しでもあるのなら、喜んで身を投じる覚悟は、最初から出来ていたのだ。隊の存亡、そして何より親として家族を守る為に。
「ま、待ってください! 何を仰ってるんですか!? 俺はまだやれますよ!」
リベルは立ち上がると、前へと周り込みソフィアの両腕を鎧越しに力強く掴む。
目に込められた思いをソフィアは飲み込み、力いっぱい頭突きをした。額を押さえ涙目になるリベルは、状況を把握出来ていないだろう。けれど、それこそがソフィアの狙いだった。自然と心に隙間が生まれる、つまりは聞く耳を持てると言う事。
リベルの両肩を優しく掴み、口を開いた。
「リベル。お前とグランが俺の隊に入ったのは今から十二年前……八歳の頃だったな。あの頃のお前に今のお前を自慢してやりてぇよ。ここまで、立派になったってな?」
「──な、何を言ってるんですか……」
「お前等にとっての優先事項はなんだ?」
「目の前の敵を倒す事です」
拳をつくり力いっぱいに握っているのが、腕の震えている感覚でソフィアは分かった。リベルは今、何を思い、何を感じているのだろうか。こればかりは、流石のソフィアも感じ取れはしなかった。いや、感じ取る必要も無いだろう。これ以上の模索はソフィアの剣が鈍りかねない。だが、はっきりと言えることもある。
「違う。今、お前が……お前達が優先すべきは生き延びる事だ。そして、更なる脅威の誕生を王都に広めろ。風の加護は、天に与えられし恵みだ。人を導く神風となれ。──そして、十年後のリベルに今のお前を誇れる騎士になるんだ」
「それなら!! それなら……ソフィア隊長が……」
リベルは、眉頭を顰め口の端を噛み締める。
ソフィアは、ゆっくりと首を左右に振るい眉を寝かせ穏やかな表情を作った。
「俺は十分愛された。だから、次はお前達が皆を愛し愛される番だよ。安心しろ、誰も負けるとは言っていない。お前も分かるだろ? 俺の強さを」
「──それは……しかし!!」
リベルも感じ取っているのだろう。目の前に座る彼は、勇者に並ぶ絶対強者である事を。リベルだけではない、他の騎士達も漂う不穏な空気に臆している。自分達を高ぶらせる、鬨の声すら聞こえはしないのだ。
「それでいい……。また、会おう。リベル」
ソフィアは、笑顔のまま左手のひらをコメカミに当て、右手の掌底で顎を激しく揺さぶった。頭を固定する事で、逃げ場をなくした反動は容赦なく脳を揺らし、脳震盪を巻き起こす。力なく膝から崩れ落ちたリベルを担ぎアウダースの背へと乗っけた。
「分かるな? グラン。俺が帰ってこなかった場合は、お前とリベルで隊を導け」
「ソフィア隊長の命とあらば、このグラン。命に変えても守り通します」
意味を汲み取ったグランは、頭を下げる。
ソフィアは、数回頷くと大きく息を吸いこみ猛々しく吠えた。
「助かる。お前等が生きている限り、この隊は存在し続ける。隊が家族であり、隊が一個の命だ。ゆえに!! お前達がいる限り……在る限り!! 俺はそこに居る!! 今は進め、前だけを見て振り返るな! そこに我等の存在意義がある。──最愛のファミリアよ──走れェエェ!!」
そこには、様々な表情があった。悔やむ顔・怒りで強ばる顔・今にも泣きそうな顔。しかし、最後には皆が背を向け、王都に向かい走り去った。
砂煙が舞い、懐かしくなるであろう匂いを振り撒く。ソフィアはいっぱいいっぱいに息を吸いこみ胸に手を当てる。神頼みをするわけじゃない。今までの思い出をしっかりと胸に秘める為だ。
「では──始めようか。ヤンとやら」
背負っていた大剣を豪快に振り抜く。刃先は下を向き、ソフィアは中腰となった。右手で柄を握り、左手は軽く地に添える。そして、鋭い眼光で射るのは、武器も持たずに独特の構えをしたヤン。油断はしていない。ソフィアの脳内では様々なパターンが映像化して流れていた。だからこそ、最善の一手を打つ。
「──最初から全力で行かせてもらう身体能力向上」
身体能力向上は、全身の細胞を一時的に活性化させるものである。この時の体温は格段に跳ね上がり、心拍数も通常の倍速まっていた。代償として、寿命を縮めると言われるのがこの為である。命を燃やし、未来を先に進むのが身体能力向上。
「アユム、ユキト、ミシェル。俺のもう一匹の力──それは、カレハカマキリだ。見とけよ、これが本物の蟷螂拳だ」
『カレハカマキリとは、落ち葉の模様を成したカマキリである。威嚇をすると、鎌を持ち上げ、目玉模様をした羽を広げ対抗する。だが本業は、静かに身を隠し近づいてきた者を食らう暗殺者。
大きい目の中央が黒く見えるのは、密集した複眼。故に、前方の敵の行動を微細に読み取る事が可能。加えて単眼が備わっており、光にもしっかりと反応ができるのだ。
そして、一番特有なのは、鋭い刃が連なった大きく強靭な鎌だろう。コレに捕まれば逃げるのは絶望的と言っても過言ではない』
ソフィアは、目を背けた一瞬の隙を見逃さなかった。
駆けると同時に土は抉れる。たった一蹴りで大剣の間合いとなりソフィアは、大剣をあらぬ角度から振り上げた。
「っっつらぁあ!!」
音を置き去りにした速さの斬撃。鎧からすらも両断してしまう威力を持った攻撃を、鎌を模したであろう手でヤンは弾き飛ばす。
「なんだよ、その動きは……。まるで止まって見えるぜ?」
一度後ろに下がり、踏み込む。次は、三線描く極技。
──しかし。
「バレバレだっつーの。物理攻撃の自体で勝ち目はない」
再び大剣が弾かれ、同時にヤンは、いつの間にか背後に回り込んでいた。
「チクショーが!! ッらぁ!」
気がつき、右足を軸にして振り向き際に腕でを振り回す。瞬間、痛覚もないまま血飛沫が夜空に赤い雨を降らせた。
弧を描き落ちる左腕と同時に、全身を痺れとはげしい目眩・吐き気が襲った。
「一体……何が?」
ヤンの足元だけが瞳に写る。
「自分の血を見てみろ」
ソフィアの血は、ゼリー状となっていた。
「……これは……」
「俺の腕には今、いくつもの刃が生えている。一本一本に猛毒が備わった刃がな。ソフィア、お前は、もう死ぬだけだ。だが安心しろ、野晒にはしない」と、ヤンは言っている気がしたが、もはや言葉すらしっかりと届かなかった。
今はただ、胸に秘めた想い出が溢れかえって脳内を駆け巡るのみ。
自分がどこを向いているのか、今は息をしているのか、何もかもが意識の外にある。死に対する恐怖も、皆を置いていく事に後悔もない。ただ、今はこの暖かく微笑ましい想い出をずっと見てたい。ソフィアは、そう思っていた。
プツリと、線が切れるその時まで。




