06
「夜が明ける……か」
幸人は、未だに複雑な気持ちだった。全くの関わりがないソフィアだったが、仲間からの慕われ方や、表情は悪人ではなく善人にしか見えない。
なのに、自分達は戦わなくてはならないのか、分かり合えないものなのか、他に解決する方法はないのか。
変な後悔と同情が幸人の睡眠を妨げていた。なによりも、息を引き取るその一瞬まで幸人達に暴言を吐くこと無く、仲間達を掠れた声でありながらも憂いて、安寧を願っていたのだ。
「なんだ、ユキト。結局寝てないのか?」
小さい家からヤンが出て来て、隣に座る。
幸人は、ソフィアが埋まった墓をみながら小さく頷いた。
「なあ、ヤンさん。人を殺すッてどんな気持ちだ?」
「正直、分からない。俺に流れる血の三分の二はハンターだ。だから、目の前のソレを敵、即ち狩りの対象とした時、一切の情が麻痺してるんだと思う」
ヤンは、続けて言う。
「俺達は既に、真っ当な人間じゃないんだろうな。壊れているのさ──けれど、純血である事をやめた俺にだって命に変えても守りたいものがあるんだよ」
ヤンの話を聞いた時、この争いが既に逃れられない運命だと幸人は悟る。神によって組み込まれた新たな運命だと。
「でもな、今回に関しては相手側の策略もあったんだと俺は思う」
「あの状況でですか?」
「ああ」と、ヤンは頷いた。
虫や鳥の鳴き声が遠くから響き、涼しい風が吹き抜ける村で、暫しの沈黙が生まれる。異世界に来ての初夜がここまで息のしにくいものだと幸人は、思ってもいなかった。熟睡なんかもってのほか。この先、自分は生きていけるのだろうかと、生まれた沈黙の隙間を縫って不安感が襲う。
「報復には報復。ソフィアは言っていたよな? 隊を導け、と。つまり、俺達の存在は看過できないものだと知れ渡る。ましてや、慕っていた者が殺されれば、復讐の為により鍛錬に励むだろう。ソフィアよりも強くなってッてな。命を賭して導いたんだよ、俺達と言う敵の恐怖と存在を」
「なら、やっぱり……」
「けど、都合もいいだろ? 他に感情移入をしてしまえば、刃も錆びる。自分の目的を見失わない為にも、敵は敵でいる必要があるんだ。例え、それが善でも悪でも人でも魔でも等しくな」
幸人は思う。ヤンやアユムの方がよっぽど現実を受け止めているのだ、と。割り切るのは難しいだろ。割り切るのが難しいからこそ、しっかりと墓を作り供養をしている。純粋な人をやめても、人で在る事を忘れない為に。
「逃げてても、綺麗事を並べても何も始まらないッてことか」
幸人も、今初めて一歩を踏み出そうと決意をした。守るべきものを守る為に。守るべき者を守る者を守る為に、今一度、自分に出来ることをするべきなのだ、と。
「そうだな。まずは自分達の拠点を作り、情報を入手しよう。俺達は土地勘も無ければ、金もない。それらを踏まえて、現実を見据えて考えるんだ。とりあえず、あいつらを起こしてきてくれ」と、少し離れた家を指さす。
幸人は頷き、家に向かう。一人になったヤンは墓の前で膝をつき合掌をしていた。
「──安らかに眠ってくれ、ソフィア=グレガンドよ」
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幸人は、二人が寝ている小屋ついた。日本で世話になった毛布等はなく、藁で出来たものを体にかけて二人は気持ちよさそうに寝ていた。
少し控えめに、小屋の外から二人の名前を呼ぶが起きる気配がない。女性が寝ている領域に入るのは、物凄い罪悪感があり気が引ける。
深呼吸をして、幸人は足を踏み入れた。
「お、おい。二人共、起きろよ」
「むにゃ……あ、ゆきとにーちゃん、おはようございます」
ぼやぼやとミシェルは、起き上がる。髪の毛もボサボサで眠たそうだ。本当に疲れていたのだろう。
幸人は、ミシェルの可愛らしさに笑みを浮かべた。この時だけは、平和を感じたからだ。
「ミシェル、外でヤンさんが待ってる。井戸で顔を洗って待っててくれ」
「ふぁい。わかりましたあ」
よたよたと歩いてミシェルは、明るくなってきた外へと出ていった。
「おいー、歩さーん。起きてくださいー」
寝返りをうつ歩は、実に色っぽい。短パンから覗く足は張りがあり、程よい細さでしなやかだ。
上半身も、寝返りのお陰で服がめくれ上がり、クビレがあらわとなっている。健康的な褐色肌も相まって目のやり場に困ってしまう。
あまりに体を見るのも悪い気がして、幸人は歩の顔に視線を向ける努力をしながら肩をゆする。
「ヤンさんが、待ってるんだよー」
緊張して大きな声がでない。そっぽを向いている歩の耳には届いていないのか全く起きる気配もない。幸人はもう少し強めに肩をゆすった。
「おき──っわあっ!!」
刹那に起きた衝撃に幸人の心拍数は跳ね上がる。
「おま、な、何を……!?」
歩は、振り向き際に手首を幸人の首に回して顔を引き付けた。目と鼻の先にある、女性の顔に、いやそれ以前に吹きかかる吐息に理性が飛びそうになる。
「何をって、ゆきとが私の体を見て興奮してるんでしょ?ねぇ?」
淫靡な笑と、甘い声、少し前に動けば間違いなく触れる事が可能な潤んだ唇。歩が少し汗ばんでいるのが、首筋から伝わる。それが妙に感情を高ぶらせた。幸人にとっては今まで体験したこともない強い刺激。自然と目は泳ぐ。
「べ、別にそんな訳」
緊張感に、鼓膜は歩の声と心音しか受け付けない。世界にたった二人しかいないと錯覚すらしてしまう状況で、歩は女らしい表情を浮かべた。視線を落とし、か細い声で幸人に真意を問う。
「じゃあ、私って魅力ないんだ……。やっぱり、ミシェルちゃん見たいな幼くて弱々しい娘が好きなの?」
距離をとろうにも、ふり解けない。もしかしたら、内心このまま、あわよくばとか考えていたのかもしれないが、幸人自身が混乱していて自分を見失っていた。
「ねぇ、答えて? 私は、魅力ないの?」
「そんな、事……ねぇ、よ」
「ちゃんと、口で言って? ゆきと」
動物とは、生存本能がある。もしかしたら、歩はそれが働き発情を迎えたのかもしれない。幸人は、生唾を飲み込んだ。
「そ、そりゃあ……歩は、スタイルがいいし……綺麗だとは、思う」
「──じゃあ、私をどうしたい? 私だからこそ、どうしたいかな?」
目を瞑る歩。これはもう、あれだ。本能だ。と、幸人も目を瞑った。
「──グハッ!?」
暗闇の中襲われた衝撃。気がつけば幸人は尻餅をついていた。
「ぷぷぷ。ばあか。言ったでしょ? 私はゆきとを男として見てないんだよお? 綺麗なこの体を許すわけないじゃないッ」
清々しい表情で、立ち上がった歩は言った。
「え、いや、おい、マジかよ」
「マジです。大マジです」
膝と手を地面につき、幸人は項垂れる。
「ぷぷぷ。じゃ、先に行ってるね! 少しは気も晴れたんじゃないの? 今日は、ちゃんと寝なさいよっ。じゃあにいー!!」と、歩は明るい声で幸人の背に言葉を残し外へ出た。
彼女なりの、優しさなのだろう。
「だが、それでもそりゃねーよ!! 今まで生きてきた中で一番の恥だよぉお!!」
押し寄せる恥が、幸人を悶えさせ続けた。その声は天高くまで轟いたと言う。神様もびっくりである。
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