01
ソフィアが、開いてくれた活路であり、リベルが後悔の念を残し、不甲斐ない自分を恨んだ一本の道標。彼等は、路をただひたすらに駆け、目的地に辿り着いた。
──王国・クレプスクロ。
高い壁が内と外を隔てる都は、大陸最大の規模を誇る。嘗ては、このような壁は無く、王宮も街と並び建てられていた。しかし、今は亡き建築家・アルターの元で造設され、新王国・クレプスクロと成る。
『権力とは、観た民草に魅せる物である。そして畏れを抱かせなければならない。畏怖とは、崇拝の裏返しであるのだ。故に、これ即ち、差別しなければならない。誰かの目線に立つのは王ではない。民が、王の目線に憧れ・夢を見・理想を抱くのだ』
アルターが遺した言葉である。
そこから、数年に渡り過酷な重労働の末に今の環境が確立された。
多くの死者も出したが、民が批難する事は無かったと記されている。付け加えように、アルターは一言述べていた。
『その先にある未来が、次に繁栄する子種にとって輝かしい物だからこそ、人は強くもなれるのだ。例え、自己の犠牲を払おうとも』
リベル達は、約半日を使いたった一つしかない正門の正面に立つ。
「リベル、気をしっかり持て。お前が俺を責めないのも分かる」
リベルは、責められる筈も無かった。不甲斐なく、滑稽で迂闊だったのは他ならないリベル、本人。
「俺が皆の隊長を……。本当に──」
「それ以上はやめろ、リベル。まだ、隊長がどうなったのかも分からないのに、それこそ愚弄だ。とりあえず、今は王宮に向かうのが先決。──そうだろ?」
ソフィアから、預かったアウダースを下りてグランは言った。言い返す必要も無い正論にリベルは頷き、街の頂きにある王国を見つめる。
「──行こう。未来の事は、俺に任せておけ。お前達、家族は絶対に俺が守るから」
覚悟を宿した瞳に、過ぎ去る背に、リベルは胸騒ぎを覚える。
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白を基調とした清潔感溢れる、謁見の間。其処は、歴代の王を描いた肖像が左右の壁に展示されている神聖な場所。
椅子と呼べるのは、王が腰を休めるために必要な玉座のみ。
リベルとグランは、片膝をつき顔を伏せ、玉座から数メートル離れた場所でその時を待つ。
「やあやあやあー? 君達は確か、ナントカ隊長って名前の所で働いてるダレカだっけ?」
陰湿で、耳にまとわりつく嫌な声が、軽率な発言と共に鼓膜を燻った。
込み上げ義憤で、リベルの眉間には皺がよる。滾る血液が、熱で血管を破裂させる寸前。
──刹那、左隣から、冷静な声が嫌な静寂を引き裂いた。
「お言葉では、ありますが……。勇者様が一人、ルークス様」
「いやいや、何勝手に面を上げてるわけ?? 君は、誰の許しを得て、その薄汚い顔を──」
「やはり……こうする他ないか……。ほか申し訳ございません。しかし、貴方様は勇者であり、国を治められる王ではない。私が、ソフィア隊・隊長ソフィア・グレガランドに仕える、このグランが、平伏し拝聴するには、値しないのですよ」
グランの、強く、そして芯のある揺らぎない声にルークスの溜息が覆いかぶさる。
「はあ──。誰に向かって口を聞いてるのかな? ボクが、君を殺す事なんか、ぞうさもないんだ。三秒以内に、その汗ばんだ薄汚い額を地に付けて謝れば赦してあげるよ」
ルークスは、王側近の四勇者の一人である。実力は、前線で豪炎を振るう勇者には及ばないが、それでも騎士団長を凌駕する力は兼ね備わっているのだ。何より、恐ろしいのは悪魔的な非情の持ち主だと言う事。
涼やかで、澄んだ声は、何方かと言えば荒くれ者よりも、学問に励む健やかな青年の声。その声に、ソフィア以外の騎士団、誰もが騙された。
そう、良心を面に出した優しい笑顔に、紳士的な立ち振る舞いをするルークスは、見た目も相まって接しやすく、言い方が悪いが、何でも言えそうな存在。しかし、あくまでも外見の話しだ。青い髪は、耳下で真っ直ぐに切りそろえられ、前髪も眉の上で切られているため、顔が良く見える。目つきも、いつも笑顔でいる為か彎曲しているし、白装飾の聖服から見た体格も、華奢で筋力は無いに等しく見える。
そんな善人の見本の様な人物・ルークスは、力ない騎士団にまで過労働という形で手をか始めた。彼は内政と称し、淘汰を行う。
冷酷で残酷で非情の持ち主・ルークス。故に、リベルは今の状況を窮する。
彼は嘘を言っていない。間違いなく、ルベルを殺す気でいる。下を向き、地を見つめるリベルの鼻には汗が伝う。
「──グラン、頼む……頭を……」
小声で、リベルが言う頃には三秒は過ぎ去り、グランにはにこやかなルークスから誅が下される。
「まあ、君達が此処に来た、大凡の察しはついてるよ。無駄死にだったね、あのいけ好かないジジイはさ。忠実な下僕も、ここで死ぬんだから」
「ま、待ってください! ルークス様」
地面に、穴が空く勢いでリベルは叫ぶ。怖くて、手は震え声も上擦った。だけれど、情けない醜態を晒してでも、リベルには守らなきゃならないものがある。もう二度と手放してはいけない家族がある。
「謝る必要はない、リベル。こんなヤツらに、ソフィア隊長の言葉を聞かせる必要も無いだろ」
「お前が、冷静で居なくちゃ誰が矛を収めるんだよ。グラン、いいから黙っててくれ」
「いいや、黙る訳にはいかない。俺は、ソフィア隊長に、この隊を任された。しかし、しかしな? 命を賭して、未来に繋げた隊長への態度じゃねぇーだろ。こんな奴らの元で、平和なんか作れるか」
ルークスは、グランを逆撫でるように、玉座に腰を掛け二人を見下す。
「面白いねえ。もっと、もっと聞かせてくれよ。処罰は、その後でいいからさ?」
足を組み替え、訝しい笑みを浮かべるルークス。
「あんな奴らの為に……。リベル、お前はこれが幸せか?」
分かっている。何十年と連れ添ったからこそ、リベルにはグランの気持ちが痛いほどに伝わっていた。
斯く言う、面をあげたリベルも同じ気持ち。今にも、殴りかかりそうなぐらい、恐怖と裏腹に血も滾っている。
「俺が死んで、解散になれば皆が幸せになる可能性が広がるだろ。あいつは、性根を見抜いたソフィア隊長を嫌っていた。今回の事を、話せばどんな処罰が下されるか分かったもんじゃない」
「──お前は、隊の事を……」
「当たり前だろ」
グランは、自分のプライドでは無く隊の存亡を考えていた。ソフィアに任された家族を守る為に、汚名を被る覚悟をしていたのだ。
「分かっているもんだとばかり、思って……」
グランはいつも、一歩下がり隊を見守っていた。
時には、伝令を飛ばし、時には策をこうじる。目となり耳となっていた彼は、今も尚、隊の安寧を願い続けているのだろう。
「気にするな。王が、出てくればまた違ったんだがな……。最悪の手段だが、致し方ないさ」
微かな笑みを浮かべたグランの前方で、手のひらを叩く甲高い音が響いた。リベルが、その先に視線を送るとルークスは二人を指差し、口を開く。
「あー、そーえば。ボク達は、別に君達の平和の為に動いてうわけじゃないからね。あくまでも、自分達の平和を手に入れる為。だからねぇ??別に君達は、いてもいなくても変わらない。感情を抱く必要もない。君達は、数多くいる村人にすぎないんだから」




