04
ヘルウルフから、報告を受けて六日が経った日。彼女は、自分の功績を声音に乗せて吐き出した。
「やあっと捕まえたッ。大事な大事な手掛かり君」
満月が寂しく靡く大地を照らす中で、シュリの声が一人歩きする。眼前には、絶命したアウダースと大破した御者台。数メートル離れた場所に横たわるのは、商人だ。
「ヘルウルフちゃん。こいつで間違いないのでしょ?」
商人の匂いを嗅いだ後、近づいてきたヘルウルフにシュリは問いかける。
シュリ達は、特殊な能力を持った男女を、あれ以来追っていた。しかし、途中で匂いは途絶える。手掛かりを失った矢先、彼等の残り香を運ぶ荷馬車を見つけたのだ。
敵感知を使えないシュリにとって、動物の嗅覚や聴覚のみが頼り。今回は、それが功を奏したのだろう。
「はい、間違いありません。ですが、あの人間、喋る気力がもはや……」
「力の加減を間違えちゃったかぁ……。んまあ、別に死んでても関係ないよ。私にはアメーバがあるしねッ」
『アメーバとは、軟体状の生物であり、主な能力は寄生。死体を乗っ取り、生きる屍状態にした後、内部から残された栄養を摂取するのだ。その際、乗っ取った者の記憶を読み取り、命を守る手段としている』
シュリは、手のひらに乗せた粘り気があり、透明度の高いアメーバを商人の口の中に注ぎ込んだ。
──刹那、眩く白い発光と共にアメーバは、木っ端微塵に弾け飛ぶ。
頬にアメーバの、破片が付着すると同時にシュリは後ろへと下がり、傀儡のように起き上がる商人を写した。
三頭のヘルウルフは、守るようにシュリの足元を囲い威嚇をしている。三頭の体温は高まり、呼吸は荒い。腹の底から出すうねった声は、むき出した歯茎から伸びる鋭い牙の隙間から出ている。それでも、足元から感じる毛並みは、シュリを優しく包んでいた。
「貴方……何者、なの??」
血で染まった瞳を見開き、商人は九十度に曲がった首のままシュリを見ている。口角は若干ではあるが、つり上がりシュリを嘲笑っているようだ。笑い声が聞こえない分、不気味であり、この静寂が薄気味悪くて仕方が無い。シュリの本能が警鐘を鳴らす。今まで、経験したことのない禍々しいまでの気迫は殺意ではないナニカ。死を見慣れたシュリですら、生唾を飲み込み、一歩も商人へ近づくことが出来ない。
「──人間よ」
商人が発した声は、老人であり、少女であり、少年でもあり、女性でもあったが、男性でもある。一言でいうのならば、聞いたこともない声。あるいは、人で有らざる声だろうか。
「何かしら??」
平然を装っては居るが、シュリ本人は手段を失っていた。距離は数メートル離れているのだが、隙がない。背を向ければ殺され、後ずさりをしても殺されるだろう。ましてや、はむかい、攻撃を仕掛けるなど以ての外。
免れる事の出来ない決定事項が、シュリに答弁だけを唯一許していた。
「──お前も、お前達も全ては、所詮は物語の鍵に過ぎぬ」
「何を言っているのかしら? 物語の鍵??バカバカしい。私は私が選んで、此処に、この場所で立っているのよ。他ならぬ私の意思でね」
「これだから、感情的になった動物は話にならない」
シュリは、赤目を細め睨み舌打ちをする。よく分からないモヤモヤが、胸につっかえて気持ちが悪かった。
彼の言っている言葉が少し、理解できる気がしてもどかしい。まさか、自分が何かに利用されている。だなんて思いたくもないが、なら運命とは誰が決めているのだろうか。
「全てはと言ったはずだ。この世界、そのものが物語の鍵に過ぎない。全てが間違いであり、全てが正解。お前は、どんな鍵をもっている?」
「意味が分からないわ。けれど、ただ一つ。私が持っている鍵は、家族で再び同じ扉に入る鍵よ」
胸に手を当て、崩壊した家族、今なお愛してやまない家族を思い出す。重たくのしかかる思い出だが、それでも大切なたった一つの家族。そして、シュリ以外、誰一人として立ち寄る事の無くなった一軒家を思い出す。
「──そうか。ならば、物語の鍵として様々な扉を開けるがいい。答えは一つではない」
「ちょっと待ちなさいよ。貴方は、一体何者なの??」
「彼等を、彼らの世界を守る者。とだけ言っておこう」
商人は、答えると煙がのぼるように、水が蒸発するように天へと消えていった。
「何なのよ、一体。この世界、自体が何かの鍵? 物語の鍵? 私が? ──駄目ね……全く分からないわ」
シュリは、天を仰ぎ言葉を微風に乗せて囁いた。
「本当に、人を滅ぼし勝利に導くのが……答えなのかしら。全てが正解で、全てが間違い……ね」
「シュリ様。この先、どうしますか??」
ヘルウルフを手櫛で撫でながら言う。
「それでも、私は彼等に会うわ。あの男が、守っていると言った、彼等に。そうすれば、何か分かる気がするもの」




