02
「その話をする前に、だ。坊主、コイツは何かわかるか?」
ミリルカータは、馬を指さした。幸人は、質問の意図が分からず暫し、眉頭を顰めて黙考するが結局はありのままを答える。
「馬、ですよね」
馬は馬であり、馬でしかない。それに対して存在意義を問わられても、新しい言葉を産めるほど聡明ではない。
「ウマ? 聞いたことがねぇな……。まあいい、こいつぁアウダースって種なんだが……魔獣なんだ」
「魔獣??」
幸人が、繰り返し尋ねると頷いた。
「ああ、そうだ。俺達人間は、魔獣と──言い方が悪いが、持ちつ持たれつの仲を保ってきた。一般家庭や、食堂で出される肉ってのも魔獣が使われている。家畜用と言えば分かりやすいかな。だが、逆に、人や家畜用の魔獣を食料にする魔獣も居る」
幸人は話を聞いて、食物連鎖を思い浮かべた。
魔獣にも様々な種類がおり、ヘルウルフのように肉食系がいれば、目の前のアウダースと呼ばれる馬に似た生き物みたいに草食系もいる。その事に関しては、地球と何ら変わらず、妙に湧いた親近感から驚く事もなかった。
ミリルカータは、後ろに視線を送り納得した幸人を一瞬、瞳に写す。
そうして、轡を上下に動かし、アウダースへ指示を出しつつ口を開いた。
「魔族には、主に、ヘルウルフ・アウダース・ズーと呼ばれる獣型の魔獣。サキュバス・グリゴリ・エルフ等と呼ばれる人に似た魔人の二種類が居るんだ」
「そんなに居るのか」と、容姿を想像しつつ幸人が言葉を漏らすと、ミリルカータは首を左右に振るった。
「まだまだ、居るさ。魔人は基本、俺達に干渉はせず、ひっそりと暮らしている……はずだ。と言うのも、俺や仲間が襲われたって話は、商人をやって長いが一度も聞いたことがない」
顎鬚を撫で付けてミリルカータは言う。現地人が言うのなら、ほぼほぼ間違いはないのだろう。しかし、何故だかミリルカータの横顔は曇っていた。
ミシェルも心配そうに横で顔色を伺っている。
「だが、それも変わっちまった」
歩やヤンが、興味を示さない中で口走るミリルカータは、今ある世界を窮していた。
ミリルカータは言うが、自然が豊かで日本の大都会とはかけ離れた平穏な景色。幸人は、何が変わったのか全く想像がつかず、軽い相槌をしてミリルカータの返答をまつ。
「勇者達の到来により……な」と、ミリルカータは天を仰ぎ見つつ語り始める。
美しかった過去を、死で溢れた現代を。
その話が終幕するまで、幸人にとってはあっという間の語り部だったが、時間に換算すれば数時間に及ぶ長さだったのかもしれない。ふと、幸人は傾いた太陽を見て思ったのだった。
ミリルカータの話によれば、勇者と呼ばれる存在は突如として、もしくは王の力によって神から使わされた十八人の男達。彼等は、見たことも無い力や武器を使い、圧倒的且つ一方的な武力により地位を確立。それは、王と対等、もしくは王よりも格上の影響力をもっている、との事。
勇者達は、自分の力を知ら占める為に魔人の子供を人質に取ると、魔人同士で殺し合いをさせたり、魔人の女を辱めたりとやりたい放題にしてきた。
当然の様に激怒した魔王は、眷属を召喚。此処から、熾烈な争いが始まったと言う。
そして、ミリルカータは付け加える様に「力があるのなら、王の目を覚まさせ、出来る事なら勇者達を止めて欲しい」と、商人としてではなくベンディシオンの民として、切実な願いを幸人達に託した。
話を聞いたあと、幸人はろくな返答もできないままでいた。と言うか、言葉に困っていたのだ。幸人達もまた、この世界に仇なす害悪でしかないのだから。もしかしたら、ヤンや歩はこうなる事を分かっていたから会話に加わらなかったのかもしれない。
「まあでも、坊主達に頼み込むッてのもおかしな話だよな。いやな? もしかしたら、本当の神様の使いなんじゃねーかって思っちまってよ」
苦笑いを浮かべたミリルカータは、息を大きく吸うと力いっぱいに轡を引っ張った。それはまるで、気持ちを切り替えるかのように、もしくは、自分の抑えきれない感情を抑制させるかのように。いや、もしかすると、自分よりも遥かに若い幸人に対して縋る自分を恥じたのかもしれない。
馬は甲高い鳴き声で応え、前足を宙に浮かせ急停止する。
乾いた砂が、舞い上がり煙る視界の中、街道から少し離れた先には小さい街が薄ぼんやり佇んでいた。ミリルカータは、指をさして再び口を開く。
「話を聞いてくれてありがとうな。目的地はあの街だ」
「ありがとうございます。こんな長々と……」
荷台から降り。幸人は御者台に座るミリルカータに近付き頭を下げた。
「気にするな。俺も一人旅が多いいからな。久々にこんな話せて良かった。出来ればもっと近くまで行ってやりたいんだが……すまないな」と優しく諭しながらミリルカータは肩を叩く。肩から、ゴツゴツした手の感覚が伝わり、力強さを感じた。だが、同時に優しさや弱さを幸人は感じていた。もしかすると、ここに来るまでに見た表情等が先入観となり自分勝手に思っている、思い込んでいるだけかもしれない。
それでも、肩を叩かれた時に感じた罪悪感は拭えそうにはなかった。
幸人は、目を閉じ地に顔を向けたまま悲痛な表情を浮かべる。
「いいえ。気にしないでください。本当に助かりました」
返す言葉が喉から先に出てこない幸人を察してか、ミシェル達も隣に立ち頭を下げる。これが救いとなり、幸人は自分を取り戻して口を開いた。
「ミリルカータさんの話、すげえ面白かったです。また……もし、また会う機会があったなら聞かせてください」
「はははっ。まあなんだ、また会ったら話──また、きいてくれよな」
ミリルカータは、満足気な笑みを浮かべて夕日へと進み始めた。
幸人達は、荷馬車が遠くなるまで見送り、ヤンは、地図を丸めると口を開く。
「──あれが発展を捨てた街・デトールだな」
視界に入る街は、国と縁を切り、独自の文化で生活をしている民族が住んでいる街でもある。ゆえに、国と交流を持つ商人や、国を守る騎士達は、一番に嫌われている。逆に商人や騎士達も彼等の生き方を好ましく思っていない。




