chapter1-6
「男の信念、必ず人を雇う側になる、雇われる側にはならない、それはどこからきたものでしょうか。やはり、その男の出自から話さなくてはいけないでしょう」
語り部となったときの内田は、普段よりもその声により一層の魅力を感じさせた。思わず聞き入るような声の大きさ、抑揚、呼吸の入れ方、すべてがこれ以上なく感じられた。
「男の父親はサラリーマンとして働き、それなりに業績の好調な会社で一生涯働き続けました。給料も同世代のそれよりも多かったです。母親は優しい人で、男にいつも他人の痛みをわかる人間になりなさい、そう言っていました。男はその両親の元すくすくと育っていきます。唯一の兄弟である妹は、かわいらしく、誰からも愛されるような女の子で、学業優秀な兄をいつも慕っていました」
良い家族にたっぷりの愛情をもらい、良い環境でさほど不自由することなく育った男。そのイメージは被雇用者になどなってたまるかという野心家のイメージとはかけ離れているように思えた。
「ですが、男が17歳のとき、ある出来事が起こります。それが男の中に確固たる信念を生み出す直接の原因となります。衝撃的な体験ではありません。その出来事が他の人の目の前で起きても、決してそのような激烈な感情は感じなかったでしょう。しかし、男はそれによってその後の人生の考え方を一変させられます」
遠くでかすかに、ゴロゴロと雷がなった。私は頷きもせず、ただ男の目を見て話しに聞き入った。
「父親の勤めていた会社の社長が亡くなりました。死因は心筋梗塞です。前日まで非常に元気でしたから、周囲の人間は突然の死に驚きましたが、年齢も70を超えていましたのである程度納得していました。そして何より会社に後継者ができていたことが幸いでした。父親と同じ年齢の社長の長男が半年ほど前から他の会社から移ってきており、新社長が誰になるかといった問題は全くなかったのです。もちろん父親の会社にきて半年ですので、まだまだ会社のことは十分に分かっているとは言えませんが、それなりに有能な男でしたから古参の社員たちの手を借りながらうまくやっていけるだろうとみな思いましたし、現実にその会社は二代目の元でしっかりと規模を大きくしていきます」
「他の会社から半年前にきたばかりの男が社長の息子であるという理由だけでその後を継いだ、そのことに男は心を動かされたということですか?」
「いえ、そのことについて男は特に何も感じませんでした。男に父親の会社の内情や新社長の人となりは分からないし、父親も会社にきちんとした後継者がいて、社長が亡くなった後も会社がさほど混乱しないことに安心していましたから、父親の様子を見て男もよかったと思ったくらいです」
「では、なぜ…」
そう私が聞くと、内田は片方の口角を上げて微笑んだ。少しはにかんだような笑みだった。
「すいません、時間のほうの心配を忘れていました。どうしますか、この続きはまた後日にしましょうか?」
私は相手の話にせっかちに答えを聞きたがったのを恥ずかしく感じ、微笑んだ顔の内田を見られなくなって目線を下に落とした。
「いえ、私は大丈夫です。今日の午後は社外へ営業なので…。話をさえぎってすいません」
「ああ、気にしないでください。私も相手の時間のことを考えずくどくどと話してしまって…。少し、スピードを上げて話を展開しないといけませんね」
内田の話を阻害したようで申し訳なかった。公園の隅に陣取った東屋も、都会の喧騒をかき消し外からの視線を遮る雨のカーテンも、目の前の内田という語り部も、どれも話を聞くには絶好なのだが、私だけが優秀なオーディエンスになれなかったようだ。まったく、なぜゆっくりと内田の話に耳を傾けるというそれだけのことができなかったのだろう。自分が少し嫌になった。
それでも、素晴らしいステージを停止させたことを気せずに内田は話を続けた。




