chapter1-5
昨日から降り始めた雨は、今日になっても降り続いていた。篠突くような雨ではなく、しとしとと、確実に地面へしみこんでいくような雨だった。
私はまさか今日はいないだろうと思いつつも、昼休みに公園へと向かった。一応、明後日と言ったのは私なのだから、もしもこの雨の中外で待たせていたのならば申し訳ないことになる。
しかしというか、やはりというか、普段の場所に内田の姿はなかった。普段私が座っているベンチには頭上に広がる樹の葉っぱから落ちた雨粒が打ち付けていた。内田が腰かける手すりも同様に濡れいてた。内田がいないとわかると、ほっとした。
私は踵を返した。会社へ戻る気はしなかったから、近くのお店で昼食をとろうと思った。だが、その背中に声がした。
「前田さん、こちらです」
その声に驚いた声の方向に振り向くと、内田は普段とは違う場所に座っていた。普段のベンチから20mほど離れた東屋の中から立ち上がり、傘を開いてこちらへ歩いてきた。内田の声は、落ち着いた声なのに雨の中でもやたらと通る声だった。これだけ人目をひく外見と声をもっているのならば、もう少し雨の中でも存在感を発揮させてくれてもいいと思うのだが、そういうところこそが内田が内田たる所以なのかもしれない。
「よく来てくださいました。てっきり今日は雨だからこないものかと…」
顔に笑い皺を浮かべ、口元をあげたその顔は魅力的だったけれど、やはり私の心には何も感じさせなかった。とても魅力的で、でも存在感はほとんど感じさせず、自分の心というものを相手に見せず、相手の心も動かさない。この男はひょっとしたら、幽霊かもしれない。
「さすがにこの雨の中ではなんですから、どこか近くのレストランにでも入りましょうか」
「ああ、いえ。こちらで結構です」
私はその申し出をあわてて断った。近くのレストランには、同じ会社の社員がいる可能性がある。もし内田と二人で食事をとるところを見られると、また面倒な噂をたてられかねない。いつもの内田との、恋人や友人というほどには遠く、他人というにはどこか近いくらいの距離が、一番いい気がした。
「そうですか、ではこちらへ」
そう言って内田は私を東屋の中の一番雨がこない場所へと座らせた。内田は、私の向かいに座った。
「もし私がいるかもしれないと思って無理をしてきたのなら、気を遣わせてしまって申し訳ありません」
どうもお互いに似たような心配をしていたようだ。
「あ、ええ。わかりました。でも、あまり社内にはいたくないので…無理をしているわけではありませんから」
「ハハ、まあ、私も似たようなものです」
そう内田が笑って言った後、お互いに少し無言になった。東屋の屋根から落ちる雨のぴちゃぴちゃという音がやけに大きく聞こえた。普段聞こえる車の音を、雨が打ち消していたからだろう。こういう間は知り合ったばかりの人間どうしには気まずいものなのだが、内田がほとんど気にする素振りがなかったせいだろうか。私も気にならなかった。
「前の話の続きをさせていただいても、よろしいですか?」
前の話、そう、昭和の大学生の男の話だ。私は軽くうなずいた。
「40年以上前の男子学生が、経営者となろうとしている。そしてある日、そのための案を閃いた、そこまではお話しましたね」
「ええ、そして、今日はその話の主人公がなぜどこかの社員になることを嫌っているか、というところから」
内田は少し目を細めた。
「そうです、覚えていてくださいましたか」
そう言うと、内田は続きを話し始めた。
(続く)




