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Vine  作者: 四家
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chapter1-4

 その月、私は月末に滑り込むように契約をいただき、危なかった今月もなんとかノルマを達成することができた。

 そしてその次の月曜日の朝の課内会議で、もうとっくにカツラであることを知られいている課長が、「何とか今月も市民権を得たな」というように、ノルマの達成がギリギリだった私の成績を見て鼻をふんっとならした。

 うちの課では、毎月2割~3割のノルマの未達成者が出た。そして、そのうちの3人は、お馴染みの顔ぶれだった。ノルマを珍しく達成できなかった者は数分ほど激しく叱責され、その後「お前らも給料泥棒にはなりたくないだろ?」と言って未達成の常習者のほうをちらりと見た。うちの課にいる3人の常習者は、申し訳なさそうに肩を落とすしかなかった。

 その後彼らの番になると、課長はまるで癇癪をおこしたような怒声を出し、お前らは給料以外にもどれだけの金を会社からもらってると思うんだ、とか、それなのにこんな最低限のこともできないなんて恩知らずもいいところだ、恥ずかしくないのか、という言葉を繰り返した。3人は唇を噛みしめて耐えていた。

 彼らには永遠のように感じたであろう課長の怒声がやむと、今月こそは全員達成するように、という声を合図にそれぞれの机に戻り、各々の仕事に取り掛かった。

「前田さぁん、ちょっといいですか」

 さきほど課長の罵声を浴びていた3人のうちの一人が、私に声をかけた。24歳の大島は、年齢以上に若く見える童顔でニコニコと私に声をかけてきた。

「先月見つけた新しい顧客なんですけど、いろいろうるさい人で対応が大変なんです。時間のある時にお話しをうかがいたいんですが…」

「ああ、それだったら私もこれから外回りに行くから、ちょっと外で聞こうか。いつものところでいい?」

 周りに聞かれない程度に応えた。あまり社外で大島と話をすることを周りに知られたくなかった。私の部署には、まるで暇を持て余した中年の専業主婦のように人の噂話が好きな女々しい社員がいるのだ。そして、奴が変な好奇の目を私と大島の間に向け、知らないところで下賤な話を他の社員にしている。

「ああ、わかりました」

 大島もそのことをからかわれて以来、あまり社内で私に声をかけることは少なくなったのだが、それでも仕事で困ったことがあると私に相談にきた。

 外を見ると、小雨がぽつりぽつりと降っていた。


「お待たせしました」

 そう言って笑いながら私の向かいに腰をかけた大島は、カバンをガサガサと漁って資料を取りだした。

 会社の空気が大嫌いな私たちは、お互いが外回りに出る場合、会社からそれなりに離れた目立たない喫茶店で話をすることにしていた。ここなら、会社の人間に会う心配もないので、課長をハゲと呼ぶこともできた。

「お疲れ様」

 私がそう声をかけると、いやぁ、と恥ずかしそうに笑いながら、手のひらで自分の頭を叩いた。いつもの立ち直りに早さを今日もいかんなく発揮していた。

 大島は、会社を出るときにもう一度課長に呼ばれて別室へ行った。おそらく、もうそろそろ使い物にならんとどうなるかわかってるだろうな、というような話をされたのだろう。課長がノルマを達成できない部下に言う口癖だ。

「まったく、あれだけ怒られてもすぐにケロッと立ち直のは一つの才能だと思うよ。勤め人として重要なものだ」

「課長の言葉にいちいち反省してたら反省で一日が終わっちゃいますよ。ああいう怒ってばかりの人の言葉なんて1割くらい聞いとけば十分です。どこにだっているんですよ、怒るのが趣味みたいな人って」

 そう言ってから、マスターにホットコーヒーを頼んだ。

「まあ課長はああ言ってるが、周りは少しは大島のことを評価してるよ」

 大島はこちらを向きなおしてわざと甘えたような声で言った。

「ああもう、あのハゲじゃなく前田さんが上司だったらどんなに良かったことか。前田さんだけですよ、そんな風に言ってくれるのは。他の人からしたら僕は単純にノルマを達成できないできそこないに過ぎないんです。あんな得意先もまともに持たない前任を引き継いだことなんて前田さん以外は覚えてないんです」

 そう、大島はちまちまとだが新規開拓もしてくるし、少しずつだが売り上げを右肩上がりに上げている。おそらくこの男の屈託のない人懐こさのおかげだろう。ただ、前任がほとんど得意先をもたず、引き継ぎもまともにしないダメ社員だったということが、大島にとっての災難だった。大島の営業は、全くのゼロベースから始まった。しかも、営業のやり方を多少なりとも教えてくれる先輩は、ほとんどいなかった。都合、私と話すことが多くなったのだ。

 まったく信じられない職場だよ、と心の中で呟きながら、以前内田に聞かれた自分のつぶやきを思い出した。

「大島、会社辞めたいと思うことってある?」

 こちらを見て、迷うことなく大島は応えた。

「会社ですか?毎日思ってますよ、辞めたいってことなら。3年もしたら、ここの会社の情報を持って次の転職先を探しますよ。ここにいたら、ストレスであの課長みたいになっちゃいます。僕、ハゲるのだけはゴメンです」

 私は笑ってコーヒーをすすった。

「むしろ僕には前田さんがなんでこの会社に残ってるのか不思議でなりませんよ。もう勤め始めて6年でしょう?次の転職先くらい探せばいくらでも見つかりますよ」

「ああ、まあ、なんというか、転職活動でせっかくの休みがつぶれるのが面倒くさくて。それに、次の会社が良いとこだって保証はないし。うちの会社、休みもないし嫌な人間ばっかりだけど、給料だけはそこそこだから」

 それを聞くと、大島がでてきたばかりの熱いコーヒーをマドラーでかき回してぽつりと言った。

「僕も、実際に転職ができる状況になってもそんな風に思うんですかねぇ」

 外の雨は、本降りになってきていた。

(続く)

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