chapter1-3
内田の話は続いた。
「男は将来に関して確固たる信念がありました。それは、決して誰かに雇われるemployeeにはならないこと。つまり経営者になることを考えていました。employerになろうと思っていました」
私は考えた。聡明で、強い運の持ち主ならばその判断は正しい、と。経営者になるというのは、本人の実力と合わせて、運が必要なのだ。そして運のあるうちに会社を大きくすることが。
うちの会社の社長だって、偉そうに経営に関する本を出しているが、今のうちの会社が収益を出せている最大の理由は、大企業ならではの圧倒的体力とブランド力だ。特にうちは製造業ではない。勝負は技術ではなく、ブランドと人的資源、顧客サービスがものをいう。他社でもうけを出している方法があれば真似をし、それにうちの会社のブランドと大手の資本力による厚いサービスを加えて顧客をつかむ。他社に優秀な人材がいかないように新卒採用ではうちが業界他社に比べてどれだけ優れた会社かを熱心に語り、中途で優秀な人材がいればその会社の払っている給料よりもかなり高い額を提示して引き抜く。そうして、さほど卓越した経営技術やアイデアなど使わず、小さな会社ではできない形で利益を出している。
つまり、うちの社長には運があった。そして、その間に会社を大きくしたから、運がなくなった今でも会社は一応の結果を出せているのだ。社長は昭和の優秀な経営者であり、平成の今においての優秀な経営者ではないと思う。うちの社長は、自分に合った時代に生まれてきたという最大の運を生かしたのだ。それはうちの会社の社長だけでない。経営者として成功した者はほとんどがたまたま自分に合った時代に会社を興せたことが最大の成功で、時代に合わせた経営を見極めてできている者は、日本に5人といないだろう。だから、運。運がなくては経営者としては始まらない。
「学者はダメです。男が通っていた大学は私塾ではなく国立の大学、今でこそ少し立場は変わりましたが、当時の国立大学の教授はバリバリの公務員です。公務員ではダメです。所詮は雇われている側ですから。ですので、単純に学問を追及することは男にはできません。男にとって学問は、それ自体が興味の対象ではなく、経営者として成功するための手段として考えていました。金にならない学問など、二の次三の次です」
内田の語りは少しずつ熱を帯びていた。その低く、落ち着いた、けれど退屈させない声は、物語を語るのにすごく向いていた。
「だから男は学生のころから、自らが人を使う側となるために必要なこと、何を商売にするか、商売を始めるための元手になる金はどうやって工面するか、一人で始められないのならば、どうやって優秀な仲間を集めるか、そういうことに頭を悩ませました。今でこそ学生の起業はさほど珍しくありませんが、当時としては彼の周りにそんなことに頭を悩ませる者はいなかったので、男は周囲からおかしな奴だと思われていました。しかし、そんな周囲の目も気にせず考え続けた男はある日ついに閃いたのです。そう、まさに閃いた。何となく思いついたのではなく、頭に浮かんだその瞬間から確固たる確信が男の中に生まれました。これなら間違いない、成功はもう袋の中だ、とね」
私はちらりと腕時計を見た。語り部になりきっている内田が、その仕草を見て話を止めた。
「ああ、そろそろ昼休みが終わってしまいますかね?」
「ああ…いえ、もう少しだけ時間があります。もう5分ほど」
内田の話を止めてしまって申し訳ない気がした。
「5分ですか…ではこの続きはまたにしましょう。まだまだ先が長い話ですから。次は男が事業を興すところから…いや、その前になぜ男が雇われの身になることをそれほど嫌っているかを、男のバックグラウンドを含めて話すところからにしましょう」
内田はやはり私との時間が終わることを嫌がる気配も、自分の語りが止められたことへの不快な気配も、おくびにも出さなかった。
「次はいつここに来れそうですか?」
「ええと…たぶん明後日かな、予定が変わる可能性もありますけど」
「そうですか。私は毎日昼休みはここに来ますので、時間のあるときに来てください。それでは、また」
「ああ、はい、また」
そう言って内田のおかしな話は次回に持ち越された。私は、どうして内田という男はあんなにも事務的に、熱情を鼻先にも感じさずに魅力をばらまくことができるのだろう、と不思議に思った。
(続く)




