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68.フィオーナ姫の旅立ち前夜 (5)

 王への挨拶を終えて自室へ戻る途中で、フィオーナ姫は向こうからダルセニオンが来るのに気付いた。これから挨拶に向かうようだ。

 ダルセニオンは魔法の授業の最中はお説教ばかりだが、こうして人目のある廊下では姫に対してうやうやしい態度を取る。


 姫の目から見ると、慇懃無礼にも思える。


 その硬質な黒い瞳はじっとこちらを見ているようだったのに、姫がダルセニオンに気づいて目を合わせたとたん、ふっと目をそらした。

 以降、姫に道を開けて、身を屈めてお辞儀をしている間、ずっと目を伏せたままだ。


(見た目は12歳の子供のくせに!)


 姫はいらいらする。今日はなんだかいつもよりいらいらしている。明日から旅に出るので気が立っているのかもしれない。

 それに、今日の午前中の魔法の授業で、久しぶりに言い争いをしてしまった。


『もしも、たとえばの話、もしも私が王女でなかったら……』


 その内容を思い出すと姫の頬に血が上って来た。

(もしもの話をしただけじゃない!)

 唇をきゅっと横に引き結んで平気なふりをする。


「午後にお部屋を訪ねたのですが、いらっしゃらなかったですね」


 姫の後ろに付き従っている侍女たちの手前、姫は丁寧に声をかけるが、本当は「あなた居留守使ったでしょう!」と問い詰めたい気持ちである。


「それは存じあげず、失礼いたしました」


 目を横にそらしたまま素知らぬ風で嘘をつくので、姫はずかずかと近付くと、侍女の耳に入らないように小声で囁いた。


「あなた部屋にいたでしょう? もう一人はフェルマーテンでしょう?」


 そう言い当てたので、ダルセニオンも思わずにやりとする。


「誰かまで分かるとは素晴らしい」


 褒められて姫も思わず嬉しくて赤くなるが、これは褒めようというつもりはなく、ただの一人言かもしれない。どちらにせよ本心には違いない。


 もう少し問い詰めたかったが、お目付役の侍女が「さあ、姫様行きましょう。明日はお早いのですから」と言ってくるので、姫もまだ話したかったがあきらめた。


 この侍女はペントザリ公の身内である。ダルセニオンに対しても好意を持っていないのは明らかだ。

 姫はこの侍女があまり好きではないのだが、王の「みんな仲良く」と言った、派閥を顕在化させないための取り組みの一環なのか、侍女として採用されており、姫はこうしていつも邪魔をされている気がする。


 でも、どちらにせよどうせ侍女や他の者の耳のある、公(おおやけ)の廊下では、上っ面の会話しかできない。


 でも、魔法の授業中に話をしようとしたら、まじめに授業を受けろと言われて会話を打ち切られ、部屋へ訪ねていけば居留守を使われた。

 ダルセニオンとまともに会話したのはいつのことか思いだせない。


(昔はこうじゃなかったのに……)


 フィオーナは5年前を思い出す。

 地方の魔法学校に通っていたダルセニオンが、先代の大魔法使いに見出され、次期大魔法使いに決まり、直々の修行を受けた後で城へやって来たのが5年前のこと。

 まだ9歳のフィオーナ姫の目に、24歳の青年は完全な大人に見えた。

 魔法の授業を受けるようになり、まじめ過ぎて暗いが、根は優しい先生だと慕い、父の次に大好きな大人だった。


 それが、2年前のある日突然、12歳の子供に見た目を変えてしまった。態度も昔よりもぴりぴりとするようになった。


 原因に思い当たることが無いでもない。でも、理由を本人に聞いても、納得のいく答えは本人の口からは返ってこなかった。


 まあいいわ。旅に出ればいろいろ話せるでしょう。

 プレッシャーも思い出す。

 旅を成功させるために、いろいろ話合わなければ。黒魔女の館についてや、魔物についても詳しく聞かなければ。


 すべては明日。



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