67.フィオーナ姫の旅立ち前夜 (4)
大好きな自慢の父親。
この2日で、前より少しやつれただろうか。
肩まで伸びているゆるいウェーブの茶色の髪と、誠実そうな茶色の目。
威厳をもたせるため、と言って生やしたあごひげ。
この、優しく慈悲深く、民衆から人気のある父王。
まだ30代前半の若さなのに、黒魔術によってベッドに縛り付けられてしまった。
もし父の身に何かあったら、自分はどうすればいいんだろう。そんな不安に襲われる。
部屋には魔法使いが常駐しており、数分置きに状態回復魔法を詠唱している。
ダルセニオンの指示によって配置されたのだ。
魔法力は人それぞれのため、各人の魔法力に合わせて時間が定められ、多人数で交代制が敷かれている。
休息を取って魔法力が回復してから、また任務につく、という繰り返しだ。
回復をかけ続けて少し良くなったかと思うときもあれば、また元に戻ったりもしている。そのため、こうして絶え間無く魔法をかけ続けているのだが、普通の白魔術であればだんだん良くなっていくはずのものが、良くならない、というのも異常だ。
(黒魔術って気味が悪い……)
フィオーナ姫は大魔法使いダルセニオンから直接魔法の授業を受けており、その際にどんな魔法が黒魔術とされるのかについて説明を受けている。
(黒魔術と白魔術の違いは、“詠唱者の不在”。
白魔術であれば、魔法使いが杖から出す魔法で、その場限りで終わる。
炎を出せば炎、水を出せば水。
魔法が一旦終了すれば、具象化された物質のみが残り、幻惑部分は消える。
自然界のバランスを崩すこともない。
黒魔術は、今回のように帽子のような“物”に魔法をかける行為がそう。
物にかけられた魔法によって、標的外の不特定多数の人に害を与える可能性がある。
あと、遠方の敵に向かって攻撃をしかけるのも黒魔術。
標的が回避したときに、行き場を失った魔法が無関係の人を攻撃する可能性がある。
それを例えとして、黒魔術が“大気を汚染する”と言ったりする。
だから禁止されているんだけど、今回みたいに一旦かかった黒魔術が、状態回復魔法をいくらかけても消えないというのはどういったことなんだろう……)
フィオーナ姫の魔法感受性の高い目で、目をこらして見ると、やはり父王の両手首に赤い環のような物が見え、それによって自由を拘束されていることが分かる。
掛物の下に隠れているが、両足も同じ状態だったはずだ。
元はといえば、ヴァルナ公の次男、ルステムルが贈り物として持参した羊毛の帽子だった。
コーダ王都の人がかぶらない形の、ヴァルナ地方の民族衣装だ。
黒い羊毛フェルトの丸い形に狭いつばが取り囲む、素朴で丈夫な物だ。
父のヴァルナ公から、これを贈り物にするといいと渡された物で、それがどういう素性を持っているのかルステムルは知らないと言う。
彼からは何の情報も引き出せそうにないため、王の病状についても風邪ということにして伏せてある。
(故意があるとすれば、父のヴァルナ公になるが、一体、何のために)
数年前に会ったヴァルナ公についてフィオーナ姫は思い出す。
あの人の良いルステムルの父らしく、人が良さそうな頬笑みで、色が白く頬が赤かった印象だ。少し神経質な印象もある。
王に黒魔術をかけるなんて、そんな大それたことをするとは考えにくいのだが……。
フィオーナ姫は父王に挨拶をし、会話を交わす。
「リール公爵夫人とルチオ殿に会いました」
「そうか。私の元気が出るようにと、これからも毎日ルチオを連れて来てくれるそうだ」
(お父様嬉しそう。私は明日から旅に出るから、逆に毎日会えないんだけど……)
「フィオーナが私の魔法を解くために旅に出てくれるそうで、嬉しいよ。頼もしくなったな」
「いえ、そんな」
(あれは私の意地みたいなもので、売り言葉に買い言葉だったから、純粋にお父様のためを思って旅に出るわけではないんだけど……)
気持ちがもやもやしているフィオーナ姫だったが、次の王の一言でその気持ちも吹き飛んだ。
「そうそう。私から言っておかなければならないが、これはいわゆるテストだよ」
「テスト?」
「王位を継ぐのに自分がふさわしい、ということを証明するためのテストだろう?」
「……そうですね。ただ旅に出たというだけではだめですもんね。結果を出さなければ」
「それに、ダルセニオンやエスプリも、お前が王位にふさわしいかどうか、この旅を通して見極めることになるはずだ」
「え、でも彼らは私の味方でしょ?」
「私がお前を王位にふさわしいと推薦しているし、彼らに異論はないだろう。だが、この旅の最中でお前が王位にふさわしい心や判断力を持っているか、彼らも注目するはずだ。だから、これはテストなのだよ」
急にプレッシャーがのしかかって来た。
「彼らは私を助けてくれると思っていました。彼らにまかせておけば間違いないと私も信頼していて……」
「お前“が”旅に行くんだろう? 彼らに頼ってばかりではなく、自分で判断してみなさい。自分で考えなさい。彼らも今回は、姫に考えさせるために、多くを語らないはずだ」
(私は、自分が女だから王位継承権を認めてもらえないと不満に思いながら、同じように女だからって自分のことを卑下してダルセニオンやエスプリに頼りっきりだった。彼らの判断をあてにしていた。
本当に自分が王位にふさわしいと証明しようと思うのなら、ただ意地で言い返すだけではなくて、自分の判断で、旅に出て、自分で結果を出さないといけないんだわ)
フィオーナ姫はプレッシャーでめまいがしそうだ。
「もし、私が王位にふさわしくないと彼らが思ったらどうなるの?」
「そうなったら、ルチオを推すか、別の王位継承者を考えて推すだろうね。ダルセニオンなんかはいつもお前に、王女らしくしろ、と口酸っぱく言っていただろう。見限られないようにお前も頑張るんだ」
「……私はいつも、なりたくて王女になったんじゃないのに、って言ってた。自分でも分からない。王位を継ぎたいのか継ぎたくないのか。
でもダルセニオンは、そんな弱音を吐くこと自体、反対派に絶対に聞かれてはいけないからだめだって言ってた。私が弱音を吐き過ぎると、ダルセニオンにも見限られてしまうのかな……」
「まあ、旅に出てしまえば反対派の耳も無いわけだし、弱音吐きたければ吐けばいいと思うよ。弱音吐くか吐かないか、将来の腹心の部下になり得る人物に対して、どういう態度を取るかは、すべてお前の判断だ」
「何が正解か分からない……」
「まあ、リゾルーテンもいるから上手く使ってだな」
「リゾルーテンの名前初めて出たわね」
そこで初めて二人の間に笑いがこぼれる。リゾルーテンは武闘派で頭脳派ではないため、小難しいことは考えるのが苦手だと普段から言っているからだ。
それを二人とも分かっていて、一緒に旅に行くのに、まるで忠実な番犬くらいなイメージで、意に介していない。
貶めているつもりはないが、相対しても肩の凝らない愛すべき人物だと思っている。
「あと商人も行くんだったな」
「ええ。とても若いけれど、いい人そうな人だったわ」
「そうか」




