65.フィオーナ姫の旅立ち前夜 (2)
この国の貴族は大きく三つの派閥に分かれている。
一つ目は次期王にフィオーナ王女を推す派。
二つ目は王に隣国の王女と結婚してもらい、王子を儲けてもらおうと運動する派。
三つ目は愛人の子を次期王にと推す派。
まず一つ目のフィオーナ王女を推す派は、王女の母方の叔父ガイヤルド公を中心にした、穏健派・保守派の貴族たちだ。
現王は母が隣国の王女のためコーダ王家の血が薄れ、王家特有の魔法感受性が薄れているが、それを危惧した貴族たちによって故王妃はコーダ王族から選ばれたため、フィオーナ姫の魔法感受性は王よりも強い。
そのことから、王の資質として古来からの魔法感受性の強さを尊ぶ保守派の貴族や、魔法を重んじるダルセニオンのような魔法使いはフィオーナ姫を支持している。
また、王自身も次期王はフィオーナ姫と公言しているため、現在の王の政治に賛同している者もフィオーナ姫派だ。
一方で隣国の王女との結婚をすすめる派閥は、現在優遇されていない状況をそれによって打開しようという野心のある者や、女王は望ましくないという考えを持っている者によって構成されている。ちなみにコーダ王国では王位のみ女性にも継承権があるが、貴族の爵位は女性に継承権は無い。
もう一つの、愛人の子を次期王にと推す派は、愛人であるリール公爵夫人の叔父であるペントザリ公を中心としている。
愛人の子は庶子であり、正統の嫡子ではないため王位継承権は無いのだが、ペントザリ公のことなので、実は子が生まれる前にリール公爵夫人と王が秘密裏に結婚していた、ということを捏造することは造作もない。
リール公爵夫人の母は前王の妹であり、亡き父は生きていればペントザリ公爵位を継ぐはずの人物だった。家柄的には申し分ない。
前々から王に正式な結婚を勧めているのだが、王はしぶっており、公爵夫人の方も再婚であるということで遠慮し、固辞している。これ以上ペントザリ公の権力を強めたくない、というのが王の本音である。
王はフィオーナ姫を次期女王にと思っているが、その派閥の中心である王女の叔父ガイヤルド公がまだ20代の若輩であることと、壮年のペントザリ公が貴族の中心人物として権勢を誇っていることから、派閥が発生してしまっているのを甘んじて受けざるを得ない状況だ。
王女の叔父がもっと年を重ね、王女自身も成熟し、ペントザリ公も老衰していけば力関係は変わっていくと思われたが、そんな中で王が倒れたのである。
貴族たちは自分の身の振り方について考える。今後、王がもし回復しないとすれば。隣国の王女との間の未来の王子はもうあてにならない。すると二択である。
フィオーナ姫派の貴族も、王の意志もあってのフィオーナ姫派である。もし王がこのまま回復せず、退位ということにでもなれば、まだ若輩のガイヤルド公と新女王にこの国をまかせて良いのだろうか。それならば、正統性に疑問は残りつつも、庶子を王に据えてペントザリ公に後見をしてもらった方が安泰なのではなかろうか。
そのように貴族の情勢も定まらない中、フィオーナ姫は売り言葉に買い言葉のように旅に出ることになった。
本当にこれで良いのだろうか、と不安にも思うが、もしまずければ味方であるダルセニオンやエスプリが止めてくれるはず、と思い、彼らの判断を頼みにしている。
ちなみに同じく三大峰の一人の大剣士のリゾルーテンも会議に出席しているが、政治には疎いためあまり発言はせず、見守ったり時々質問をする程度だ。どんな方向性に決まろうと、自分の役目は王を守ること、と思っている。
逆に、大魔法使いのダルセニオンや大学者のエスプリは発言も多い。各界のトップとして高位の貴族と同等の地位を与えられ、会議に出席しているとはいえ、政治家ではなく専門家の立場だ、と見る貴族もある。
なので、特にダルセニオンが貴族たちの意見に全くひるまず政治に口出しするのを、疎ましく思っている貴族は多い。
エスプリは年齢が老年に達していることもあり一目置かれていることと、本人も穏健かつ傍観するような姿勢も多いためまだ反感を買いにくいが、大魔法使いのダルセニオンは本人の特殊な性格もあるが歯に衣きせずに言いたいことを言いたいだけ言うので、貴族たちには嫌っている者も多い。
また、その生まれも関係している。
貴族というのはその地位のすべてを出自に拠っているものである。
そのため、出自の卑しいダルセニオンに対して、それだけで会議に出席することは不相応と思っている筋がある。
今日に限ったことではないが、こうして廊下でフィオーナ姫と相対しているペントザリ公の斜め後ろ、下僕の中からダルセニオンの出自に対する揶揄の声が聞こえた。
「明日旅に出るって話は、またあの……祝福されない私生児の……田舎の馬の骨が……」
その聞こえるか聞こえないかの言葉が耳に入ったとたん、姫は怒りで頭に血が昇り、体が硬くなった。
しかし、姫が何か言葉を発するより前に、振り向きざまに拳を払ったペントザリ公によって、その下僕は「うっ」とみぞおちを押さえてうめくとうずくまった。
「お耳汚し失礼いたしました」
「い、いえ。何も聞こえませんでした」
主人であるペントザリ公が即座に罰したため、フィオーナ姫もそれ以上追及できなかった。また、突然の暴力を目のあたりにして、顔が青ざめてしまった。
しかし、下僕がげほげほと咳き込みながらもうっすらとにやにやしているのを見て、姫は非常に不快な気持ちになった。
とんだ茶番劇なのかもしれない。この下僕は表向きは主人に罰せられたけれど、知らないところでほうびに銅貨を何枚かもらえるのかもしれない。
そんな気持ちのまま、公爵、公爵夫人と当たり障りの無い会話を交わし、
「引きとめてしまい申し訳ございませんでした。それでは旅のご無事をお祈りしております」
と挨拶されて別れた。
別れた後で、フィオーナ姫は強い疲労感を感じた。




