63.親子対決
「隊長、ちょっと話があります。よろしいでしょうか」
「ん? ああ、フェルマーテン、稽古を抜けてどこへ行っていたんだ……?」
問いかける隊長の腕を有無を言わさずに引いて、壁際まで連れていくと、フェルは周りに聞こえないよう押し殺した声で言った。
「親父、明日の旅に行くの、代わってくれ。俺が行く」
隊長は、先ほどまで国の意志の最高決定機関である評議会に出席しており、稽古場に来たばかりの大剣士リゾルーテン、つまりフェルの父親である。
「お前、急にどうした」
「アッチェル、商人アッチェラードさんを、俺が守りたい」
「なんでアッチェラードさんが出てくるんだ? お前、知り合いなのか?」
「俺、アッチェルのことが好きだから、アッチェルを守りたいんだ」
リゾルーテンは唐突な話に面食らうばかりだ。
「えぇ? アッチェラードさんが、好きだって?」
「す、好きだ」
二回も言わすなと言いたげにフェルは赤くなりながら、大きくうなずく。
「アッチェラードさんのことは全く知らないが……、幾つの人なんだ? そもそも女性だったのか?」
「俺と同じ十七の女の子だよ」
「商人の候補が何人かいて、中でもアッチェラードさんはエスプリの推薦だという話だったが、昨日ダルセニオンが彼ら全員にテストをして最終的に決めたと聞いている。
そもそも、その前からお前はアッチェラードさんを知っていたということか?」
「そうなんだよ。今朝知って驚いたよ。親父が旅に出ることになったのも急だったけど、まあ、陛下がああなったのがまだ三日前のことだし、でもまさかアッチェルが行くとは思わなかった」
「で、お前はアッチェラードさんが好きだと言うわけか」
「す、好きだよ!」
「それは、異性としてという意味でか?」
「そ、そうだよ!」
もういいではないかと言いたげにフェルが返事をする。
十七にもなってこういった話を親子ですることは一般的に珍しいが、彼らは北の王国出身であり、家族で多数の国を周遊した後に、ここコーダ王国にたどりついた。そのため家族内の結束が強い。
外国人に囲まれる中で、自分たちの一番の味方が自分たちなので、反抗期でも反抗している場合ではなく、フェルは親に対して大して反抗もせずに十七まで過ごして来た。
「アッチェラードさんを、お前の代わりに私が守る、というのではだめなのか?」
「俺、今まで何のために剣の稽古をしているのか、特に理由はなくて、稽古して自分が強くなるのが面白かった。あと、王を守るため、とか、漠然と思ってた。
でも、アッチェルを守りたい、と思うのは、もっと切実なんだ。俺、初めて人を好きになって、その人が危ない目に会おうとしているのに、もしそばにいて守れなかったら、何のために今まで剣の稽古をしてきたのか分からない。大切な人を守れなかったら、強くなった意味がない、って思ったんだ。
行かなかったら、絶対一生後悔する。だからお願いだ、親父。俺を行かせてくれ」
今までのんきで鷹揚にのびのび育ってきた息子は、剣の才能もあって誰よりも強くなったが、ただどこか目標がないような、剣に真剣味が足りないような感覚は常日頃、父であるリゾルーテンも感じていた。
練習試合をしても、勝ち負けにこだわりがなく、負けても別にいい、と思いながら勝っているような、本気ではない印象を受けていた。
その息子が、こんなに真剣に自分に頼みごとをするのは初めてのことだ。
アッチェルに対する気持ちがどうなのかとか、二人がお似合いなのかどうかはさておいて、自分の息子が剣の道に対してはっきりとした目的意識を持ったことは良い事だと感じられた。
「だが、出発は明日だぞ。お前は来週の御前試合もひかえていることだし」
「出発が明日だって、今すぐだって構わない。御前試合だってたぶん開かれないってダルセニオンが言っていた。
もし開かれて、自分が棄権して十人隊長になれなくたって、自分の守りたい人を自分で守りたい。
だから、一生のお願いだ。俺、アッチェルの身に何か起こったら、この先、剣を続けていけない。アッチェルのことを旅で守ることができるように、今まで剣を稽古してきたんだ。このためだったと思うんだよ。だから、親父、俺を行かせてくれ、頼む!」
こんなに息子から何かを懇願されたことはなかった。気のいい息子だったが、いつもにこにことしていて、何かを強く願ったりするような子ではなかった。
「……そうか。では、今から私と試合をして、お前が勝ったなら、代わってやろうか」
そう言うと、フェルの顔が少し青ざめた。
「なんだ、自信がないか? お前が私に負けるようなら、私が彼女を守った方が、彼女が安全なんじゃないのか?」
からかうように不敵な笑みを浮かべながら、リゾルーテンは壁にかけてあった練習用の木刀を手に取って、ぶんと振り下ろす。
筋骨隆々として、フェル同様の白い肌をした腕には、百戦錬磨を物語る無数の傷跡が残っている。肩に届かないくらいの長さの明るい金髪と、金の口髭をした青い目のリゾルーテンが、木刀を持って稽古場の真ん中へのしのしと歩いていくと、周囲で稽古をしていた親衛隊の隊員たちも何事かと固唾を飲んだ。
父親の出した条件に、フェルも生唾を飲み込む。リゾルーテンは誰かと真剣に手合わせをすることなどない。いつも泰然として、稽古の指導をしているだけだ。
フェルの方が若い分、体力もあり、技能にしても才能溢れて隊の中でも随一だ。 だが、もう壮年になっているとはいえ、熟練の剣士である父親と手合わせをして、はたして勝てるのだろうか。
絶対に勝つ、とフェルは心の中で宣言した。
肩で大きく深呼吸をすると、父親の後に続いて稽古場の真ん中へと進んだ。
自然に親衛隊の隊員たちも場所を開け、彼ら二人を見守る格好になっている。
「ではいくぞ。手加減はなしだ!」
「はっ! お手合わせお願いいたします!」
先手必勝とばかりに、フェルがつむじ風のように速くリゾルーテンの懐へ飛び込んだ。
ガキッと木刀同士がぶつかり合う鈍い音がする。
両手で握って打ち込んだ刀を、同様に両手で握った刀で受け、二人はぎりぎりと力比べをしながらお互いの隙を探る。
「親父、怪我させるかも。先に謝っとく」
相手にだけ聞こえるような低い声でフェルが宣言する。
フェルは練習試合でも、いつも相手に怪我をさせないように、手加減をしているように見えた。それでも勝ってしまっているので父親も文句は言えなかったが、今回は本気で勝ちに来ている。
「青二才が生意気な。やれるもんならやってみるがいい」
ふんっと腹から力を入れると肩の筋肉を盛り上がらせながら木刀を勢いよく押し返し、息子を跳ね飛ばした。
フェルはしっかりと着地したや否や、再び自己最高速度でリゾルーテンに打ちかかる。
筋肉では負けても、スピードでは自分の勝ち、という戦略らしい。
(……面白いな)
息子の成長ぶりに、思わず闘志が湧き、楽しくなってしまうリゾルーテン。
(これは久々に面白いぞ)
根っからの剣士であるリゾルーテンは、もはや試合の意味が頭から遠ざかっていく。




