62.眠れない
アッチェルは家に着いてベッドに入っても考えていた。
緑の鶏のことも気がかりだが、頭から離れないのはフェルのことだった。
(今までは、私が店のカウンターの中にいて、フェルがお客として来ていた。
もう、明日からはしばらく訪れない日々。それこそが、幸せな時間だったのかもしれない)
(いつの間にかフェルのことを好きになってしまって、否定しながら困って、どきどきして、一人で勝手に疲れて。
でも、甘くて陶酔した。なんでもないふりをして、なんでもない笑顔を見せながら。
今思うとあの時間が本当は幸せだったのかもしれない)
(さっきのフェルはおかしかった。私もおかしかった。
さっき、……キス、をされそうになった気がする)
“キス”という単語自体、アッチェルの日常生活に耳馴染みがなく、その言葉を思い浮かべるだけでアッチェルは恥ずかしくてたまらなくなる。
フェルの汗のにじんだ首筋や、まっすぐな青いまなざしを思い返して、アッチェルは胸の奥が熱くなる。
(やっぱり嬉しい。避けたけれど、やっぱり嬉しい。フェルが私を好きでなくても)
そして、そんな自分に驚く。男性に免疫など無く、嫌悪感を覚えるほうが自然だと自分では思うのに、実際は嬉しいと思っている。
(キスされてしまったらどうだったんだろう。
嬉しいだろうか。それとも、私のこと好きでもないのに、と思って、後からフェルに対して腹が立ったり、キスを受けた自分に対して自己嫌悪に陥ったりしたんだろうか)
アッチェルは自分で自分の反応が分からない。
キスされそうになったことに嫌悪感を抱かなかったことが驚きなのだ。
実際にされたらどうだったかなんて、分かるはずがない。
なかなか眠れなかったが、今日一日の出来事が多すぎて疲れていたのか、最後にはいつの間にか眠りに落ちて行った。




