58.呼び出し(2)
「俺に用事って聞いたけど、何?」
フェルの背はかなり高いので、至近距離に立たれると圧倒される。
一瞬迷いはしたが、気押されたように感じたのと、アッチェルの意志を尊重して、話すことにした。
「稽古の途中なのに呼び出してしまってごめんなさい。あの、私のいとこでアッチェラードって名前の骨董商人がいるんだけど、」
アッチェラードという名前が出たとたん、フェルの目がはっと大きく見開かれた。
「え……っと、今日フェルマーテンさんを怒らせてしまったので謝りたいと言って、今、城の門のとこに来てるの」
レーカの言葉が終ったとたんにフェルは門へ向かって駈け出した。
「え? ちょっと……っ!」
レーカも後を追う。
フェルは振り返りもせずに城門まで走り続けて、無言のまま通用門の横の門衛に会釈をすると、扉を開いた。
アッチェルが来ていると聞いただけで、迷わず走り出してしまう。それがレーカには予想外だった。
レーカも続いて外に出る。
するとそこで、走って来たので肩で息をしながらアッチェルに向いているフェルの背中と、目を見開いて軽く口を開いて驚いているアッチェルがいた。
レーカはゆっくりと歩いて回り込むと、フェルもまるで鏡のように同じ表情をしていた。
お互いに何か問いたげなのに、何から聞いたらいいか分からずに、ただ見つめ合っていた。
相手が何か先に話し始めるだろう、相手が先に目をそらすだろう、そうしたら自分も目をそらそう。なのに、なぜ黙っているのだろう、なぜ見つめているのだろう、とお互い分からないまま、無言でただ見つめ合ってしまっていた。
フェルは自覚ない馴れ馴れしさで女の子を勘違いさせることは多々あるが、今レーカが目の前で見ているフェルの態度は、いつもとは全く違っていた。そしてアッチェルも、いつもの商人らしい礼儀正しさや冷静さはなく、周りが見えなくなっていた。傍から見れば誰だって、二人はお互いに恋をしていると言うだろう。
(私のアッチェルだったのに……!)
苛立つが、でもレーカにはどうすることもできない。それに、自分の存在が今の二人の眼中にないので、立ち去るべきだと思った。
(ショックだけどアッチェルのことを応援してあげなきゃ……)
「……じゃあ、私は行くね。アッチェル、明日出発だけど、気をつけて行って来てね。アッチェルのために毎日お祈りするから」
レーカはいつもの優しい笑顔でアッチェルに告げた。
するとアッチェルは、はっとレーカに気づいて、申し訳ないといった顔をした。
レーカはそんな顔をされたことに、かえって傷ついた。
だが、レーカはアッチェルに駆け寄ると、両手を取って小声で囁いた。
「アッチェル、ごめん。フェルマーテンさんのこと悪く言っちゃったかもしれないけど、気にしないで。きっとフェルマーテンさんもアッチェルのことを好きだよ。私、応援するからね」
そう言うと、アッチェルの手を両手でぎゅっと握って、大きくうなずいた。アッチェルをフェルに譲らなければと思うと、熱い物が喉元に込み上げて来てしまって、もうこれ以上何か喋ったら涙がこぼれそうなので、黙ったまま微笑んだ。
アッチェルはなぜか、「そんな、そんなことないよ、レーカ」と、この後に及んでなぜかとても弱気なことを言っていたが、レーカは放っておいて、「それじゃあね、おやすみなさい! フェルマーテンさんも、おやすみなさい」と明るく笑顔で言って、門の中へ入って行った。
門の中でレーカは、ぽろりとこぼれ落ちてしまった涙をぬぐいながら、自分の宿舎へ向かっていた。
(あーあ。いつの日かこんな日が来ることは分かっていたのに。アッチェルだって女の子なんだから、いつか男の人を好きになる日が来ることは当たり前なのに。ずっと私だけのアッチェルでいてくれるんじゃないかと思ってた。
アッチェルだって、私と結婚してくれないか、ってプロポーズまでしたのに、自分が先に男の人を好きになるなんて……。あれはお父さんを失って弱っていたときの発言だから、信じちゃいけないって自分でも思ったりもしてた。でも、二人で仲良く一緒にこのまま暮らしていけたら幸せだって思ってたのに……!)
レーカは涙をぬぐいながら歩いていたが、でもアッチェルにはそんなそぶりは見せずに、ちゃんと応援できた、と思っていた。
しかし、アッチェルも相当レーカのことが好きなのである。レーカの表情の陰りを見逃さなかった。そして、勘違いしてしまった。
(レーカ、悲しそうだった。レーカもフェルのこと好きなんだろうか……?)




