57.呼び出し(1)
フェルマーテンはまだ稽古をしていた。
白に近い金色の髪は短く刈ってあるが、汗が耳の脇を伝って落ちる。
4月の終わりで夜はまだ少し冷えるが、稽古をしていると暑くなってくる。
北の国出身のため、周囲の仲間より肌が白い。
その頬に、上気した血色がはっきり透けている。
やっ、はっ、と掛け声をかけては相手に打ちかかる。
それは優雅とか流麗と言われる作法ではなく、荒々しく野性味のある流儀だ。
父譲りの北の国の流儀が混ざっているのだろう。
スピード重視の突きよりも、力重視の斬りを多用する。
にも関わらず、その斬りが速い。
意外に無駄な動きが無く、乱れなく整った印象を受ける。
”溜め”が無く、無心なのだ。
荒々しい力強さはあるが、剣の動きは驚くほど正確だ。
まるで平然としたまま前触れなく、どんっと一歩大きく相手の間合いに入ると、相手は驚き慌てる。
その様子に対してもフェルマーテンは平静な表情のまま、一気に剣を振り下ろす。
「それまで」
フェルの勝ちである。
ふうーっと大きく息を吐くと、きりのいい所だと見計らった年少の見習い剣士が近づいて来て、扉の方を指さして耳打ちをした。
フェルがそちらを見ると、見覚えのある東方系の料理メイドが立っている。
黒髪のポニーテールに、前髪は眉毛のところで切りそろえられている。
(あの子、レーカさんだよな。何の用だろう)
そういえば以前、別の料理メイドがフェルに対して、
「私のこと、好きじゃなかったの!? ひどい! あんなに期待させておいて!」
と詰め寄って来たことがあったが、そのときにレーカが彼女に付き添って来ていて、なだめたりしていたことがあった。
レーカは一応彼女の味方というスタンスで来ていたのだが、実際はどちらの味方でもなく中立の態度でいてくれたため、フェルも助かったが、それでも顔を合わせるとそのことを思い出して多少気まずい。
それ以来、フェルも女性に対しての態度を以前より気をつけるようにして、勘違いが生まれないようにしているつもりなのだが、またやってしまったのだろうか。
(何だろう、うーん……)
「こんばんは、レーカさん」
フェルはまだ息が整わず、体も熱いままでレーカに無造作に近づいて行った。
するとレーカは小さく一歩後ろに下がったようだった。
(あれ? 警戒された?)
少し睨みつけるような目で見られている。
(あれ? 俺、何したんだろう???)
ここでレーカの気持ちに視点を移すと、こうである。
(こんなに簡単に間合い詰めて来て。
汗のにおい、なんかどきどきする。
でも、そういうのが勘違いさせるんだから。
全然分かってないんだから。
自覚ないのは罪だよ。前だって他の子を勘違いさせて。
私はこんな人タイプじゃない。
誰だって、近寄られたらどきどきするのは当たり前。
私は勘違しないし。
アッチェルだって本気みたいなのに、この人は何にも考えてないんだ。
相手が勘違いしたらかわいそうとか思わないんだ。
二人の間にこんな人が割り込んでくるなんて!
アッチェルは私の彼氏だったのに、こんな人のために普通の女の子みたいになっちゃって……!)
つまりレーカは、フェルのことが好きなのではなく、むしろアッチェルのことが好きなのである。
レーカの態度が変で、アッチェルはそれを怒っているんじゃないかと思ったが、レーカはフェルを好きなのではなく、アッチェルのことが好きでフェルに敵対心を持っているのである。
フェルの姿を改めて見たレーカは、アッチェルのことを言おうか一瞬躊躇した。 アッチェルの親友なのでアッチェルが会いたいというからフェルを呼びに来たけれど、本当に二人を会わせることがアッチェルのためになるんだろうか。




