56.従妹のレーカ(4)
「送ってくれなくていいよ! 日も長くなったし。
明日から旅に出るのに、忙しいでしょ?」
「そんなことないよ。もう準備は終わってるし。
明日お店もないし、後はもうすることなくて、寝るだけだから。送ってくよ」
本当は、レーカともう少し話したい、というのと、城まで行きたいから。
城に行ったら、フェルに会えるかもしれない。
レーカが明日の朝食の仕込みの当番で城に泊まる日は、夕食後にアッチェルが城まで送っていくのがいつもの流れだった。
確かにレーカの言うように、もう4月も終わりで、夜8時くらいまで日は暮れない。
でも、送っていくのは全く苦痛ではなく、むしろ楽しいし、ちょっと気恥ずかしいような嬉しい気持ちにもなる。
だが、そんな男になったような思いと同時に、それとうらはらな、フェルに会えるかも知れないという期待を抱く乙女心のようなものがあり、それを自分で恥ずかしいと思う。
「悪いなあ……。いいの?」
確認するレーカに、「いいよ」と口少なに返事をして、そのままレーカと歩きだす。
二人が並んで東大通りを城への緩い登り坂を上っていく。
傍目から見れば、普通の若いお似合いのカップルに見えるのだろう。
「……あのね」
アッチェルはやはり言っておかなければという気持ちになる。
「本当は、城へ行きたい、っていうのもある。……フェルに会えるかもしれないから」
レーカはどんな反応をすればいいのか一瞬戸惑った後で、
「そうなんだ」と言う。
なんだろう。この煮え切らないレーカの態度は。
フェルには気をつけた方がいいと、心配しているんだろうか。
それとも、もしかしてレーカもフェルを好きなんだろうか。
「……来週の御前試合に出る人たちはお城で毎晩稽古してるよ。
だから、まだいるとは思うけど……」
ただ城へ行って会いたい、というのではまるで一方的に押し掛けるのだと思われてはいけないので、会う理由があるのだということを説明する。
「今日の午前中にフェルが店に来たんだ。でも怒らせてしまって。
私が旅に出るってことを知ったら、なんで相談してくれなかったんだって怒ってしまって。
そのままになっているから。旅に出る前に一回謝れたら、謝りたくて」
言い訳のように思えたが、自分で口に出してみて初めて、自分が本当にそう思っていたんだ、ということを実感した。
「え、そうなんだ……。今日お店に来て、そんなことがあったんだ……」
「うん。このままだと気まずいままで何週間も別れてしまうし、やっぱり謝っておきたい」
そう話すと、レーカはうんっと大きくうなずくと、
「そういう事情があったんだね。わかった! 私がお城へ行ったら、フェルマーテンさんを呼んでくるから」
「ほんと!? ありがとう、レーカ」
レーカにお願いすることになるとは思ってもみなかったが、よく考えれば確かにそれが自然だと思えた。
今まで、同じお城に通っている二人なのに、レーカとフェルとを繋げて考えたことはなかった。
「レーカは、フェルとよく話すの?」
「うーん、どうだろう。そんなよく話すって方じゃないかなあ。普通だよ。
でも大丈夫。呼んでくるから」
普通ってなんだろう。普通ってどれくらい話すんだろう……。
私が店でフェルと話していたのも、あれは普通くらいなんだろうか……。
また嫉妬めいた気持ちがざわざわとアッチェルの心に生まれる。
嫉妬するのは、欲があるからだ。
今まではこんな嫉妬を、ましてやレーカに対して感じたことなどなかった。
このままでいいや、このままがいいや、と思って毎日過ごして来た。
でも、フェルと出会って欲が生まれた。
もっと話したい、もっといてほしい、もっと会いたい、自分だけを見てほしい。
自分が恋愛対象になるわけないと思っているのに、押し込めた心の奥でそんな欲がしっかりと居座っている。
その欲が、女の子らしくて性格も良くて、フェルと同じ城に勤めているレーカに対して、ざわざわとした嫉妬を起こさせる。
そうだ、こんな醜い気持ちじゃなくて、もし本当にレーカがフェルを好きなら、応援する選択肢だってあるのに……。
いつもに比べて話がはずまずに城まで着いた。
「じゃあ、ここで待っててね」
レーカは城の通用門の中へ消えた。




