55.従妹のレーカ(3)
だから、やっぱり、けじめとしてここはちゃんと言っておかないといけない。
レーカは大切な人だから。結婚してくれない? と言ったことさえあるのだから、その人に対して、ちゃんと言っておかなければ。
「あの……突然なんだけど、……レーカには言っておこうかと思って。……変な話なんだけど」
「何?」
レーカは興味を持って気く姿勢だ。
「あのね。私、もしかしたら、違うかもしれないけれど……」
「うん。どうしたの?」
「その、それが、……好きな人ができたかもしれない」
アッチェルは緊張しながら、そう告げた。
本人に言う訳でもないのに、初めてこんなことを口に出したからなのか、とても言い出すのに勇気が必要だった。ためらわれて、口から出ようとしない重い言葉を押しだすような感じだった。
そのことに自分でも驚いた。
もっと軽い感じで言おうと思ったのに、自分で自分の反応に驚いた。
「え!? そうなんだ! そっかぁ」
レーカはなんでもないようなふりをしながら、一瞬驚きを隠せない様子だった。
それもそうだろう。こんな男の格好をした娘が、好きな人ができたと言っても、滑稽だろう。自分でも変だと分かってる。
「あの、男の人に慣れてないだけだから、意識し過ぎているのかもしれないけれど、でもこれは好きということなのかもしれない。私がこんなこと言うのも変だと思うけれど、レーカには言っておかなきゃいけないと思って……」
「ありがとう、そんな、変なんかじゃないよ! 教えてくれて嬉しいよ! ありがとうね。そっかぁ。アッチェルにも好きな人ができたんだねえ!」
レーカはテストのできが良かった生徒を褒める先生のように、嬉しそうな顔で言った。そして、それ以上詳しく聞こうとはしなかった。
話さなければ聞かない、という姿勢をまず取ろうとしているのだろうか。
でも、レーカが知っている人なのかもしれない。
「あの、あのさあ。レーカは、フェルマーテン、という人を知っている?」
「? フェルマーテンって、あの親衛隊にいる人のこと? 大剣士のリゾルーテン様の息子だよね?」
大剣士の息子だということは初耳だ。
ということは、明日から一緒に旅に出る人の息子ということになる。
レーカは、突然話が変わった、と思っているようだ。
気まずさを感じたアッチェルがすぐに話を変えたんだと。
そしてアッチェルに気を使って、自然な感じで対応しようと思ってるようだ。
「フェルマーテンさんって、すごく強いよ。来週、御前試合があるんだけど、もしそれで隊員の中で優勝したら、まだ17歳なのに十人隊長に昇進するみたいだよ」
「へえ~! そうなんだ」
レーカはお城に勤めているから、フェルのこともよく知っている。自分より詳しいんじゃないだろうか。
「それで、フェルマーテンさん、なんで知ってるの?」
「その……、うちのお店にお客さんとして来て、……さっき言った、好きになったって話……」
そう言うと、レーカは拍子抜けしたような顔をした。
その話とこの話が繋がるとは思わず、あっけに取られていた。
「あっ……、好きになった人って……」
いや、誤解されたかもしれない。ちょっと見た人に対する一方的な片思いだと思ったのかもしれない。
「えっと、よく店に来てくれて。友達になろうって言われたりもして」
そう言い訳したが、なんだか傍から聞くとうさんくさげな話だ。
「……そうなんだね~! 驚いた。アッチェルはフェルマーテンさんを好きになったんだね」
気を取りなおしたレーカが再び笑顔で祝福するように言った。
「あの、まだそうと決まったわけではないんだけどね」
レーカはちょっと黙って考えるような様子だったが、
「……フェルマーテンさんねえ、あの人ねえ、結構人気があるよ」
言いづらいことを、相手を傷つけまいと、なんでもないような感じで言った。
まあ、そうなのだろう。強くて明るくて爽やかで、私の主観かもしれないが、たぶん、かっこいい……。
「いろんな女の子が勘違いしたりもしちゃって。
フェルマーテンさんって、誰にでも優しいし、仲良くする人だから、女の子が勘違いしちゃうんだよね。本人に悪気はまったくないんだけど、それで、もめちゃったりもしちゃって……。ちょっと、お城に勤めている女子の間では要注意人物になってるんだよね」
……恐らくそうなのだろう。フェルはみんなに優しくて、それで女の子は勘違いをしてしまう……。
分かっていたつもりなのに、そういう想定もしていたはずなのに。
レーカにそう言われると、自分がそういった女の子の一人に過ぎない、と言われているようで、いや、実際にそうなんだろうけれど、自分が恥ずかしく、滑稽で哀れに思える。
分かっていたはずじゃないか。自分が特別だなんて、ただの思い上がりだって……。
「ほんとに、フェルマーテンさんには悪気はないし、ただ仲良くしたいと思って、それ以上の深い意味はなくて女の子に近づくみたいなんだよね。すごく人はいいんだと思うけれど、ちょっと天然で、あまりそういうことは分かってないみたい」
そうなんだろう。よく分かる。フェルはそんな人だと思う。
「だ……大丈夫だよ! そんな、元から期待してないし。勘違いしたりしないから。ただ、とても明るくていい人そうだから、ああいう人っていいなあと思っただけだよ」
レーカを安心させるためなのか、自分の見栄のためなのか、そう言って何でもないふりをした。
本当はそんな軽く口にできるような気持ちではない。胸の奥をぎゅっとされるような気持ちだ。
でも、それは言えない。恥ずかしいし、相手がそんなふうな人なのに、こちらが一方的な片思いにのめりこまないか、心配されてしまう。
「そっかぁ~。なんだ。じゃあ、ファンみたいな感じなんだね。私もフェルマーテンさんは素敵だと思うし、ファンだよ」
レーカは安心したように、にこにことして言った。
アッチェルの胸はちくっと痛んだ。
自分はフェルにとって、ファンというよりももう少し特別な存在なのじゃないか、という自負があったので、ファンと言われたことにプライドを傷つけられる。
でも、実際、ただのファンと言われればファンなのかもしれない。友達なんて、フェルにはたくさんいるのかもしれない。
レーカならば、フェルから友達ではなく、恋人になってほしい、と言われる可能性もあっただろうか。男ならば自分よりもレーカを選ぶだろう。明るくて優しくて前向きで笑顔が可愛くて、働き者で料理が上手くてよく気がついて。
レーカはすごく女の子らしい。男の子が夢に描くような、理想の女の子に近い。
自分もレーカに「結婚してくれないか」と言ったことがあった。
でも、フェルが間に入ってしまうと、私たちの関係には嫉妬がこっそり入り込んで来てしまう……。
今までの子供時代から、大人になるということなのだろうか。お互いに男の人に目を向けるようになって、秘密を作り、距離は開いて行ってしまうのだろうか……。
レーカと二人で向かい合って食卓でシチューを食べながら、なんだか気まずい気持ちになってしまった。
でも、やはり。アッチェルはレーカに対して正直でありたかった。
「ごめん。やっぱり、……やっぱり、ファンではなくて、本当に、好きかもしれない」
アッチェルがそう言うと、レーカは少し怒ったような雰囲気がしたように思えた。レーカは表立って怒ったりしないが、なんとなく怒っているように思えた。
「そっかぁ~。アッチェルにも好きな人ができたんだね~」
そう言って目を伏せてレーカはシチューを口にした。
レーカもフェルのこと、本当は好きなんだろうか? とアッチェルはちらりと疑う気持ちを持ってしまった。




