54.従妹のレーカ(2)
「それにしても、すごいなあ、すごいなあ」
感嘆が冷めやらない様子のレーカに、アッチェルは微笑む。
レーカは本当に性格がいい。人を励ましたり、明るくさせるのが得意で、それも自分で意識してしているのではない。
アッチェルはそんなレーカを好きだな、と思う気持ちを再確認する。
そして、一年前を思い出す。
「レーカ、……私と結婚してくれない……?」
それは、今と同じように、熱いカップを両手に持って、この机に座り、その中から立ち上る湯気を見つめながら呟いた言葉。目の前には料理をするレーカの背中があった。
あれは、父がもう二度と帰って来ないのだと、あきらめが心を占めた日だったかもしれない。一人ぼっちになってしまった絶望と混乱の中で、それでも心は悲しみで妙に静かな湖面のように部屋の床を浸していて。レーカの背中だけが闇の中の光に思えたのだ。
レーカはそんな突然のアッチェルの申し出を、冗談にとって笑い飛ばしたりせずに、
「いいよ。三十歳になっても二人ともまだ独身だったら、そのときは夫婦みたいになって一緒に暮らそうか」
そう言って、アッチェルの肩に手を置くレーカの優しさに、アッチェルは耐え切れなくなって、机につっぷした。涙がこらえられなくなったのだ。
今にして思うと、「結婚してくれないか」なんて、女同士だし、恥ずかしいと思ってしまう。でも、彼女と二人で暮らしていけるなら、それはとても幸せなことだと思えたのだ。
それは変わってないはずだった。
一番心が通じると思う相手。今はいない父母の次に好きな人。
それはフェルに対する気持ちとは違って、否定したくなったりもせず、いたたまれなくなったり、恥ずかしくなったりもせず、穏やかで温かくて確信の持てる感情。
フェルのことなんて頭から追い払ってしまえたら、追い払ってしまった方がいいのかなあ。
なんて。
試しに思ってみるが、フェルのことを考えるだけで、胸が変にぎゅっとなってしまう。気まずい別れ方をしたせいなのかもしれない。
~砂漠で一番高い椰子の下に、
砂漠で一番深い井戸がある。
その井戸の水を汲んで来られるなら、
泣きそうなまま乾いてしまった私の心を潤せるでしょう~
砂漠の歌をまた思い出した。
口ずさんでみる。
「アッチェル、何歌ってるの?」
レーカは明るく振り返って聞く。
「ああ、もう忘れちゃったかな? 砂漠の歌なんだけど」
「そうなんだね! 聞いたことある気がする。同じメロディーで違う歌詞のを知ってるんだけど、2番かなあ?」
そう言って、レーカが別の歌詞を歌い出した。
~毎晩砂丘に上って来ない人をずっと待っていた。
でも今夜からは私は丘に上らない。
あなたは太陽のような人。
泣きそうなままで氷ってしまった私の心を溶かしてください~
その歌詞にアッチェルは少し沈黙した。
心変わりの歌詞だったので、なんだか責められているような気がしたのだ。
「この人は、その、砂漠で一番高い椰子の下の、砂漠で一番深い井戸の水を汲んでくることができたのかなあ? 一生懸命、誠意を見せることができたから、この人の心を開けたのかなあ」
真摯に考えるレーカの様子。人の気持ちを真剣に考えようとする、レーカの優しさ。それに触れて、アッチェルも机につっぷして泣いた日がある。こんなふうに、優しくて純粋な気持ちに触れると、確かに心も開くのだろうと、アッチェルには歌詞の意味が実感できた。~あなたは太陽のような人~。
「そうだね。……本当に悲しいときは、泣きそうなままで泣けないまんま固まっているんだろうね。寒い外から暖かい部屋に入ったときに、ほっとして泣きそうになって、そのとき初めて、今まで自分がどんなに寒かったか知るみたいに。
ほっとして初めて泣けて、泣けるのはいいことなんだろうね」
「ふーん、なるほど~。そういう歌なんだね~」
レーカは出来上がったシチューをよそいながらそう言う。
彼女は年中春のような人だから、きっとその気持ちは実感しないのじゃないか、とアッチェルは思った。その暖かさに救われる人がいても、その暖かさを彼女自身は感じることはできないのだ。
それは逆に不幸なことなんだろうか。
相対的な話になるけれど、悲しみというマイナスにいたアッチェルは、レーカの優しさに救われてやってこれた。レーカの存在をとても幸せに感じることができる。
それは逆に幸せなことなのかもしれない。




