53.従妹のレーカ(1)
「ただいま」と言って家に帰った。
台所から鼻歌が聞こえていたから。
「おかえり、アッチェル!」
聞き慣れた声。でも何度でも聞きたいと思う声。
高い位置で結んだ黒髪を馬の尾のように揺らして元気良く振り返ったのは、従妹のレーカだった。手にはおたまを持っている。
厚めに切りそろえた前髪の下の、明るい瞳と笑顔。
思わずつられてアッチェルも微笑む。
従妹のレーカは裏口の合い鍵を持っていて、アッチェルのいるいないに関らず、時々こうしてご飯を作りにやってくる。レーカは城の台所で働いているので、残り物のパンや果物も持って来てくれる。
アッチェルはあまり食にどん欲ではないため、いつも食事はパンと生野菜とハーブティーなどで簡単にすませてしまうが、こうしてレーカが鍋のシチューをかき回しているところに遭遇すると、その匂いと光景に、いつも自分が思いのほか空腹なことに気づかされる。
「お父さんから聞いてびっくりしちゃった! アッチェル、旅に出るの!?」
そうだった。朝一番に、叔父の営む絨毯屋へ行ったのだった。そしてそのときに、レーカが夕方に行くかも、と聞いていたのだった。
いろいろあり過ぎて、すっかり忘れていた。
屋根裏部屋で黒魔法の本を読んだり、フェルと常連のお客さんがやって来て店を開けたり、屋根裏部屋でお父さんの手紙と変な宝石を見つけて、宝石屋へ行って、帰って来て花瓶を割って、お花の先生のところへ行って……。
普段の静かな生活と比べると、目が回りそうだ。明日からちゃんと旅に出られるだろうか。
「ヴィオラ伯のお城に行くって聞いたけど、どこにあるの? どんな人たちと行くの?」
シチューの味見をしたり、火加減を調節したりしながら、レーカは器用に背中越しに話しかけてくる。
「3週間くらいかなあ……? 一緒に行くのは、大学者様、大魔法使い様、大剣士様と姫だって」
あ、メンバーは言っていいんだっけ?? と疑問に思いながらそう言うと、
レーカが何かを食べようとしているかのように、口を大きく開けたまま振り返った。
「え~~~!!! すごい人たちと行くんだねえ!」
確かに。深く考えていなかったが、彼らは各方面のトップのはずだ。そんな人たちが勢ぞろいで行くとなると、「え~~~!!」という感じなのだろう。
自分は城の状況に疎いが、城に勤めているレーカからすれば彼らのすごさを分かっているので、余計に驚くのかもしれない。
「すごい! すごい。すごいね~!!」
「そんなにすごいの?」
「すごいよ~。すごい名誉なことだよ。すごいな~!」
そんなにすごいすごいと言われても、正直よく分からない。
ただそのメンバーに気遅れはとても感じる。
身分の差もあるし、人種の差もある。
今の王は砂漠の民のように人種が違う人間も積極的に城で働かせるようにする方針で、レーカもお城の台所で働き、他にも庭師や下男下女などにも砂漠の民はいると思うが、砂漠の民の貴族は誰もいない。
「お城にも商人の人がたくさん出入りしているけどね、画商の人とか、宝石屋さんとか。でも砂漠の民の人はあまり見ないよ。うちのお父さんも、お城のお金持ってる人たちに絨毯を買ってもらえたらいいなっていつも言ってるけど、まだお城に出入りさせてもらえるようにはなってないし。私をお城に勤めさせたのも、商売の手掛かりになるかもって思ってしたことだし。私あんまりまだそういうふうには役にたってないんだけどね」
そう言われると、砂漠の民の自分が旅の一員に選ばれたということは、同じ砂漠の民からすれば名誉と羨望の的になるのかもしれない。
でも本当は、選ばれた理由は商人としての実力ではなく、単に魔法が極端に効きにくいから、という事実……。
正直にそれを話してしまいたいと思ったが、それを話してしまえば、魔物の多い南方へ旅に出ることがばれてしまう。
「ただ単に、姫が年の近い商人がいい、と言ったから、私が選ばれただけだよ」
叔父さんに話したのと同じ理由を話しておいた。
「でも、それでもすごいよ! お父さんも私も鼻が高いな!」
ふと思って聞いた。
「お母さんは? 今日の朝も会ったけれど、叔母さんってとても内気な人だよね」
今朝の叔母の、少しおどおどと遠慮した様子を思い出した。最近叔母は以前に増してそんな感じがする。アッチェルは実の姉の子なのだが。
「もちろん! お母さんも鼻が高いよ! ……でも、うちのお母さん、そんな内気かなあ? どっちかというと元気でおしゃべりだと思うんだけど。私、よく似てるって言われるよ」
がーん! 初めて知った事実。では叔母のあの態度はなんなんだろうか。
もしかして嫌われているんだろうか。そんなことは全く思いもよらなかった。
人の人生には、自分にも思いもよらないことが、ときどき何の前触れもなく出現するものだなあ、と感じる。
少しショックだが、明日旅に出るという状況で、もうその事実も変な緊張とふわふわ感の中で、落ち着き所なくふわふわしている。
まあいいや。帰って来てから考えよう……。




