51.ぐるぐると考えて
店に帰って来たアッチェルは、午後の光も遠い奥のカウンターの後ろで、小花が描かれた陶器の花瓶を磨いていた。
旅に出る前にこれだけ終わらせてしまおうと思ったのだ。値段をつけて、棚に並べて、こいつを片付けてしまおう。
明日出発するかと思うと、現実のこととは思えない。
あまりに突然いろいろなことがあり過ぎて、緊張状態で覚醒しているのに、ふわふわと夢の中にいるようでもある。
そして、明日旅に出るというのに、しかもこの国の王という最高に偉い人にかかった黒魔法を解くための方法を探しに行くという、とても光栄なはずの旅の一員に選ばれたというのに。
そのことよりも、フェルのことが気にかかってしまい、旅に出ることよりも、それをフェルがどう思うかとか、フェルと離れることがどうとか、そちらの方を考えてしまうのは、なぜだろう。
困ったことだ……。
だめだ。静かな作業をしていると、気が紛れなくて、思いがフェルに至ってしまう。
思っても仕方がないのに。
でも、思ったり考えたりするだけなら誰の迷惑にもならないなら、自由にフェルのことを思ったり考えたりしていればいいんだろうか。
あ、違う。そうじゃなくて、フェルのことを好きなのではなくて、ただ単に男の人に慣れていないだけだ。だからあまり意識し過ぎないようにしないと……。
それにしても、フェルに会うとどうしていいか分からない。
自分のことを女として好きになるはずがないと思っているのに、時々、自分のことを好きなんじゃないかと思うような笑顔や、目つきや、顔の近さや……、それは私の勝手な思い込みなんだろうか。
勝手に想像が膨らむのは困る。自分のことを好きなんじゃないだろうか、だから頻繁に用もないのに店に来るじゃないだろうか、と。
そんなはずないのに。ただの友達なのに。こんな男の格好をして、女であることはもう捨てて生活しているのに、こんなふうにフェルが自分を好きなんじゃないかなんて思って、変な意識してどきどきしたりするなんて、きっと他人が聞いたら気持ち悪いと思うに違いない。
恥ずかしい。絶対に知られたくない。
はあ~。溜息をついた。やっぱりだめだ。いろいろ考えてしまう。
明日から旅に出るというのに。
フェルが自分のことをこんなに混乱させたのだから、仕返しに、私がいきなり旅に出て、フェルもちょっとくらいびっくりすればいい、と思っただけなんだ。
そんなモチベーションしか持ち合わせていない。王家のためとか、人のためとか、そんな立派なこととか考えてない。王様を個人的に知らないし。この国にとって砂漠の民は名目上は国民でも、実質は異邦人だし。
でも、フェルがあんなふうに怒るとは思わなかった。
私が旅に出ると知って、心配して、怒っていた。
「友達なんだから当たり前だろ! そんなびっくりした顔するな!」
そう言って、カウンターを蹴って出て行った。
あれは、恥ずかしかった……。ちょっとあっけにとられた。
そのときのフェル、泣きそうな顔をしていた……。
「あっ!」
花瓶を磨いていた手にうっかり力が入ってしまい、手からすり抜けた花瓶は床に落ちて、あっけなく割れてしまった。
粉々になったわけではなく、ぱっかりと割れて大きな破片が三つほどできた。
「あーあ、やっちゃった」
声に出しながら、破片をカウンターの上に拾い上げた。
愚かな自分に対する罰のように思えた。
こんなに簡単に割れてしまったということは、目に見えない傷があって、元々割れやすかったのかもしれない。
残念ではなかったが、そういえば昼に来たお花の先生が、この花瓶を買おうか迷っていたことを思い出した。買わずに帰って行ったが、気が変わったらまた夕方来ても良いかと言っていた。
しまった……。割ってしまったことを謝りに行かないと……。
明日旅に行くというのに、また用事ができてしまった。しかも自分で作ってしまった……。




